第218話 結納(1)

「お~~~! も、ほんっまええ男や~~ん!」


「ほんと、よくお似合いです~。」


斯波は南と店員に恥ずかしいくらい試着したスーツを褒められて、本当に恥ずかしくて顔があげられなかった。


「もうええ年やし。 あんたも管理職なんやからさあ。 たまにはスーツで出社してみたら? めっちゃカッコええやん。 んじゃあ、これ。 買って。」


南はひとりでペラペラとしゃべっていた。


「買って、って・・」


「あたしもさあ、コレ買ってやるほどの義理もないし。 あんたも高給取りなんやから。 スーツくらい一括で買ったれって。」


と背中を叩かれた。


「か、買ってもらおうとかなんか! 思ってるわけねーだろ!」


斯波はムッとして言った。


「んじゃあ、これ。 買います。」


南はさっさと店員にそう告げた。




その後は。


「ま、いまのまんまでもええねんけど。 ちょっと・・むさくるしいかなあ・・」


斯波はまた無理やり南の知り合いのヘアメイクのところに連れてこられた。


「元はいいからね。 なんでも似合うよ。」


彼女も笑った。


鏡の前に座らされた斯波は


『まな板の上のコイ』


ということばが頭をぐるぐると駆け巡った。





「あ、おかえりなさい。 私のが早かった・・・」


その日、帰宅すると萌香も帰っていて、玄関に彼を出迎えたのだが。


「え・・」


彼女は思わず固まってしまった。


「・・・・」


斯波はバッグで顔を隠すようにスーッと入ろうとした。


「・・み、南さんと・・スーツを買いに行ったんですよね?」


萌香はおそるおそる彼に話しかける。


「・・・・」


斯波はまだそっぽを向いて黙っている。




そして


「そのあと。 スーツにこれじゃあって・・いきなりあいつの知り合いのヘアメイクのとこ連れてかれて。勝手に・・」


ようやく重い口を開いた。



なんと


彼のトレードマークとも言える、ヒゲがきれいに剃られてなくなっている。



萌香も『ひげなし』の彼を見たのは初めてだったので、何となくドキドキしてしまった。


「・・に、似合います。」


恥ずかしそうにそう言ってニッコリ笑った。


「え、」


斯波はようやく彼女の顔をまともにみた。


「すっごく。 若くなって。 ・・ステキ、」


一気に


体中の血が逆流しそうなほど、カーッとなった。


「そ・・そうかな・・」


テレまくってそう言うと、


「うん。 ほんまに。」


萌香は彼の肩に手をかけて、スッとキスをした。



「私の知らない・・あなたみたい。」


ゾクっとするほど


その言葉に感じてしまった。





そして


翌朝。


事業部は異様な空気に包まれていた。



『ヒゲがない!』



玉田と八神はとりあえず斯波のその姿に驚いたのだが


絶対に触れてはいけない気がして誰も何も言えなかった。


しかし、どうしても視線がいってしまう・・。



そこに


「おっはよーございまーす!」


夏希が張り切って出社してきた。


彼女はすぐに斯波の『異変』に気づく。


「あれっ・・??」


あからさまに斯波ににじり寄っていく。


玉田と八神は心臓がバクバクだった。



「斯波さん・・。 ヒゲが・・ない!」


思ったことをすぐに口にする彼女は思いっきり大きな声でそう言った。



よかった


おれよりバカなヤツがいて・・。



八神は地雷を踏んだ夏希に心からそう思ってしまった。



斯波は一瞬固まった後、


「今日は朝からレックスに行くんだろ? さっさと行け!」


いつものように怖い顔で言った。


「あ・・はい・・」


夏希は後ずさりしながらも、彼のその姿に視線が釘付けになってしまった。



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