第217話 後押し(4)

「はじめまして! あたし、北都エンターテイメントの北都南と申しますっ!」


南が勇んで訪ねたのは


ようやく無菌室から出て、一般病棟に移った斯波の父親のところだった。


「北都・・?」


父はそっと身体を起こそうとした。


「ああ、そのままで。 斯波ちゃん・・いえ、斯波さんの『部下』です。」


南は人なつっこい笑顔で彼を見た。


「社長の・・・」


「息子の真太郎のヨメですが。 でも、会社では斯波さんの部下ですから。 まあ、そのへんの細かいことは気にせずに。 病状の方、快方に向かってるようでなによりです、」


南は持ってきた花を彼に手渡した。


「え・・ええ。」


明らかに


斯波の父は戸惑っていた。


「あたしっから言うのも・・なんなんですけど。」


南は前置きをしてから


「・・斯波さんと同じ部署の栗栖萌香さんが入籍したことはご存知でしょうか、」


と切り出した。


「え、」


斯波の父は少し驚いたようだった。


「・・いえ。 あの子が・・あそこに棲んでいることは知っていましたが、」


「ほんっと・・彼は無口で自分の気持ちを表に出すことが苦手で。 まあ・・萌ちゃんとのことはみんな時間の問題だと思っていたので、それはそれでめでたいんですけど。 お父さまである斯波先生にもまだ報告してないとか言うもんで。 彼女の母親にもまだ何も言ってないんですよ、」


南は語気を強めた。


「とりあえず。 それはちょっとどうかなあって思うんで。 あたしに考えがありまして。」


「は・・?」


斯波の父親は顔をひきつらせた。





「なっ・・・」


斯波は思わずよろめいて後退してしまった。



「だから。 斯波先生も体調がええみたいやし。 来週の日曜日。 病院の先生の了解を得て。 ちょっとだけ外出できることになったから。 あたしホテル予約したから。 えっと斯波ちゃんの沖縄のお母さんにも連絡したし。 萌ちゃんのお母さんにも。 いきなり結納なんだけど・・いい?」



南は何でもないように


あっさりとそう言った


のだが。



「ゆ・・結納??」


萌香も驚いた。



「ちょっと順番は違っちゃったけどさあ。 せっかく親子わかりあえたのに。 二人の幸せのためにね。 離れ離れだった親子が集まるって、ほんっと良くない? めっちゃ大事なことやと思うし、」


「ま・・待てっ! そんなこと、いまさら!」


斯波は立ち上がったが、南は冷静に



「・・あんたが萌ちゃんにしてやれる最大の誠意やと思うよ。」


ふっと


真面目な顔になって


そう言われた。



「南さん、」


萌香は言葉に詰まってしまった。


「結婚なんかさ。 もう二人ともいい年だし。 自由なのかもしれへんけど。 あたしはいっちばん自分の幸せを見届けて欲しかったお母ちゃんはもう死んじゃっていなかったし。 今でも、ほんまにそれが悔やまれるってゆーか。 親だもん。 子供らが幸せなトコ見るの、嬉しくないわけないやんか。 斯波ちゃんも萌ちゃんも、親とはいろいろあったやろけど。 二人が幸せになって・・・家族が集まるのってめっちゃ幸せやと思うよ。」



彼女の言葉は


ずっと一人で生きてきたと思っていた


二人の心に響いてきた。



どんな親でも


彼らがいなかったら


今の自分たちはいなかった。



そう思うと


今までされた仕打ちも


すべて


許して


今になれるって


思わなくもないけれど。




「南さん・・ありがとうございます。 私たちのために、」


萌香は涙が出そうだった。


「ううん。 ほんまにな。 あたしも嬉しいねん。 二人が幸せに・・もっともっと幸せになってほしいって思うし。」



斯波も無言だったが


彼女の意見を


受け入れられるような気がした。



それを悟った南は


「だからあ。 結納だし。 萌ちゃんは着物ね、」


ニコーっと笑った。


「は? 着物??」


「ああ、友達のスタイリストに頼むから、大丈夫。 貸してもらえるし。」


「・・でも、」


「斯波ちゃんもね。 それじゃあ・・」



いつもいつもラフな格好の彼の姿を上から下まで舐めるように見た。

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