第215話 後押し(2)

「ねえねえ! 斯波ちゃんのお父さんが良くなったらさあ。 ちゃんっと結納とかしたほうが良くない? 順番、逆になってしまったけど。沖縄のお母さんも呼んで!」



南がまたとんでもないことを言い出した。


「ゆ、結納?」


斯波はまた思ってもなかった展開にぎょっとした。


「ね、お父さんの具合どんなん?」



「い、いちおう・・いい方向に向かってるけど・・退院まではもう少し、」


「そうかあ。 ま、それからでもいいか。 今はさあ、そういうのホテルでお膳立てしてくれるんやって!あたし、そういうの得意やから準備とかしてあげる。 斯波ちゃんもちゃんとお父さんとお母さんに話、しておいてね。」


南は嬉しそうに斯波の肩を叩いた。



「式もさあ、思い切って神前とかにしない? 萌ちゃんはドレスも似合うやろけど、白無垢姿も見たくない? ぜったいにもう・・キレイだよ~。」


「そやなあ。 おれも神前やったけど。 けっこう新鮮なもんやったな~~。 ゆうこもめっちゃ似合ってたし。」



本人を置いてけぼりにして、志藤と南は盛り上がっていた。



いいのか?


なんで


こんなことに?



斯波はもう金縛りになったように動けなかった。





そんなこんなで


昼休みに会社を抜けて、斯波と萌香は区役所に婚姻届を提出し、正式な夫婦となった。



今までと


何も変わらないのに。


でも


すっごく安心できる。



萌香は幸せをかみ締めていた。




「あ、栗栖さん。 さっき電話があって。 この前の契約のことで、配給会社から。」


秘書課に戻ってきた萌香に高宮はメモを片手に彼女に言った。


すると、志藤が



「もう『栗栖』やないで~。 斯波夫人やねんから、」


とからかった。


「は?」


高宮は目を丸くした。


「たった今。 『斯波萌香』になったんやもんな~~。」


志藤はニヤニヤして萌香を見た。



「い、いえ・・今までどおり、会社では『栗栖』で。 」


萌香は恥ずかしそうに顔を赤らめた。


「あ・・そうなんですか。 たった今ですか、」


高宮はうなずいた。



「おまえも加瀬から聞いてたろ?」



「はあ。 なんか栗栖さんのところに泊めてもらったときに。 婚姻届を見ちゃったとか言って。 ぜったい子供できたんだよ~~って。 騒いでましたけど、」


高宮の言葉に志藤は大笑いして


「やっぱりあいつが発信源やん。 まったく。 妄想ばっかしてっから!」


と言った。


「あ、妄想でしたか・・」


「残念ながら。」


萌香もクスっと笑った。


「でも。 よかったですね。 おめでとうございます、」


高宮はニッコリと微笑んだ。


「ありがとうございます。」


萌香も嬉しそうに頷いた。



とりあえず。


けじめをつけて一段落・・



斯波は心からホッとしていた。



「・・って、なに? これ。」


その晩。


夏希は高宮を連れて、斯波たちの部屋を訪れた。


目の前に置かれた、ふたつの大きな箱に斯波も萌香も目を丸くする。


「結婚祝ですよ~。 だってあたしほんっとお二人にはお世話になってるじゃないですかあ。 よく住人の人たちからね、『これオーナーの奥さんに渡しておいてください。』 とか頼まれものとかしちゃうんですけど~。 そんなとき、いっつも『奥さん』でいいのかなあ。とか。 あたしなりに悩んだりしてたんですよ! んでね、お母さんに電話したら、お二人にぜひって。」


夏希はぺらぺらとしゃべりまくったあと、ひとつの箱を二人に差し出す。


「ま、結局、野菜なんですけど! これから美味しいさつまいもとか~、かぼちゃ・・有機栽培のほうれんそうとあと・・なしも! お祝いってゆーにはちょっと恥ずかしいんですけどね。」


「あ・・ありがとう、こんなに。 あとでお母さんにお礼の電話をしなくちゃ、」


萌香は戸惑いながらも喜んだ。


「んで。 これはあたしと隆ちゃんから。」


もうひとつの箱を差し出す。


「高宮さんも?」


「まあ、悔しいけど。 おれたちのことは二人にお世話になってるし。 事あるごとに。 彼女ひとりじゃあ・・ほんとロクなもん買えそうもなかったんで。 おれも。」


高宮は少し照れながら言った。


「あ、ありがと・・」


斯波も恥ずかしそうにちょこっと頭を下げた。



「これね、炊飯器なんですよお、」


夏希は嬉しそうに言った。


「は? 炊飯器??」


またも彼女の行動を読めない二人は少し驚いた。

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