第216話 後押し(3)

夏希は勝手にそのプレゼントの箱を開け始めた。


そして出てきたのは


二人用にはあまりに大きな炊飯器であった。


「な・・なんで、炊飯器?」


萌香はちょっと顔をひきつらせた。


「ほら。 この前、栗栖さん、ちょっと炊飯器調子悪いんだって言ってたでしょ? だから。」


夏希はケロっとそう言った。


「・・まあ。 でも・・なんで、このサイズ、」


「これ1升炊きです。」


「1升炊き!?」



二人は驚いた。


「はあ。」


呆然とする二人の顔を見て、高宮は夏希を小突いて


「やっぱ大きすぎるよって言ったじゃん・・」


小声で言った。


「え! いいんだよ! ウチの実家の近所じゃねえ。でっかい炊飯器を結婚祝にプレゼントしたりするんです! 家族がいっぱい増えますよーにって。」


夏希は目を丸くして反論した。


「・・そんなしきたり・・知らんって、」


斯波はため息をついた。


「それに、あたしもよくごちそうになるし。 こんくらいで丁度いいですよ。」



あまりに図々しいプレゼントに


斯波も萌香も唖然としたあと、二人同時におかしくて吹き出した。



「え? なに? なんかおかしいですか?」


いつものように夏希はひとりうろたえた。


「・・ううん。 ありがと。 嬉しい。 これでいっぱいゴハンを炊くわ、」


萌香は笑いすぎて涙が出てきて少し目の端を指で拭ってそう言った。


「ほんっとに・・おまえは、」


斯波も笑いすぎて疲れてしまったようだった。


「よかった~。 喜んでくれて。 ゴハンはね、いっぱい炊くと美味しいんですから、」


夏希はいつものように張り切っていた。



こうして


楽しい(?)


二人の新婚生活は始まったのだが。


「え! ほんまに? よかったやーん!!」


南のいつものよく通る声が響き渡る昼下がり。


「まあ・・しばらく自宅療養になるみたいだけど、」


斯波はわざと興味がなさそうに言った。



斯波からの骨髄移植を受けた父が


来週には一時退院ができることになったと言う。


「経過良好ってことだよね、」


南は嬉しそうに言った。


「・・まあ。 まだ楽観はできないけどね。 難しい病気だから。 何年か経たないと完治とも言えないし、」


斯波はいつものシブい調子で言った。


「そうか。 めでたいことばっかやん。 ・・で。 報告は?」


「は?」


「結婚の報告!」


ドキンとした。


結局。


父にはまだ何も言っていなかった。


とりあえず。


父親としての今までのことは


大人になった自分としては


水に流せそうな気がしたけど。



まだまだ


その年月を埋めるまで


心を許せないのも事実で。



もう30も半ばになった自分の結婚の報告なんて


とっても


照れくさくてできそうもなかった。


「え、まだしてへんの? 萌ちゃんのお母さんには?」


それにもドキっとした。


南に指摘されてからも


なんとなく


それもほっぽらかしで。



「うっそ! まだしてない? 籍入れたのに!?」


彼女の言葉がグサグサと心に刺さる。


「南さん、私のことは、」


萌香はそんな南を優しく諌めた。


「え~。 よくないよ。 一緒に棲んでるだけやないんやで? 結婚したんだよ? 家族やんか。」



そう言われると。


全くその通りなんだけど。


斯波は嫌な汗をかき始めた。


「しゃあないなあ。 もう。 ま、あたしに任せて!」


南が張り切ると


だいたい


ロクでもないことになることは


斯波は


イタイほどわかっていた。

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