第204話 親子(2)

こうして手術から2週間ほど経ったころ。


斯波は病院から呼ばれた。


「・・先日の検査の結果。 斯波先生の骨髄が新たな血液を造りだしていることがわかりました。」



医師は明るい表情でそう言った。


「え、」


それが


移植手術の成功であることは、素人でもわかった。


「本当に良かった。 まだまだ楽観はできませんが、とりあえず第一段階は突破です。 これからも地道な治療は続きますが。 いくら息子さんのものとは言え、身体が拒否反応を起こして副作用もありますし。 インターホン越しなら会話できますよ。 行かれますか?」


そう言われて、しばらく黙っていたが


膝の上に置いたこぶしをぎゅっと握り締め、



「・・はい。」


と返事をした。





特別な無菌室へ通された。


ここは部屋が二重になっていて、ベッドのある部屋には直接入れない。


窓ガラス越しに父が少し苦しそうに息をして横たわっているのが見える。


抗がん剤治療で毛が抜け落ち、あっという間に老け込んだ気がした。



あの怖かったオヤジが。


すごく小さくなってしまった。



父はふっと体の向きを変えたときに、斯波に気づいた。



斯波はインターホンを手にした。


「・・気分は、」


いつものように言葉すくなだった。


ベッド脇のマイクにスイッチを入れ、


「・・なんとか。 生きてるらしい、」


父はかすれた声でそう言った。


その言いようは


父、そのままなのだが。



「どこの誰だか知らないが・・骨髄をもらったおかげで。 少しは良くなりそうだ・・・」




ドキンとした。



父はガラスの向こうの息子と視線を合わせた。



思わず


目を逸らしてうつむいてしまった。



「・・じゃあ、」


慌ててインターホンの受話器を置こうとしたとき、




「・・おまえなんだろう、」



耳から離した受話器から父のしっかりとした声が聞こえた。



「・・骨髄をくれたのは・・おまえなんだろう。」



ガラス越しの父の口元を見ても


はっきりとそう言ったのがわかった。



斯波は慌ててまた受話器を持ち、


「な、何言ってんだ、」


動揺しながら否定した。



「おかしいと思った。 こんなに早く提供者が見つかるなんて。 ・・骨髄移植を待って何年も何年も経ってしまう患者だっていると聞く。 適合者が見つかったと聞いたときからおまえだと・・思っていた。」




斯波はもう


何も言えなかった。




「・・・ありがとう、」


はっきりと父がそう言ったのが聞こえた。



「え・・」


そして父の顔がふと緩んで笑顔になった気がした。




そのとき


斯波の心の中の大きな大きな風船が


音を立てて


割れてしぼんでいくような気持ちにかられた。



「・・オヤジ・・」



斯波はスイッチを押されたかのように、涙が溢れて止まらなくなった。




もう


二人とも


何も言えなかった。




携帯が


何度も何度も鳴ったが。


出ることができなかった。


もう秋の空になった


蒼を見た。



大きく息を吸った。





おれ


生きてる。




偶然の命とはいえ


まちがいなく


生きている。


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