第203話 親子(1)

移植手術をした父はしばらく面会ができなくなった。


斯波は手術後も特に彼を見舞おうとは思ってはいなかった。



「あの、」


その晩、ベッドを整えながら萌香が声をかけた。


「え?」



「私・・手術の前にあの大森さんて女性と会ったんです。」


「・・・」


斯波はハッとしたように彼女を見た。


「そのときにね。 いろいろ話を聞いて。 あなたのお父さまが・・やっぱり自分の父親から暴力を受けていたってこと、」



「え・・」



斯波は


絶句してしまった。



「あなたに話そうかどうか、迷いましたけど。 手術を承諾したあなたの気持ちを揺らがせるようなことをしたくなかったし。 それに、お父さま・・あなたのこと『どうやって愛していいかわからない。』って・・おっしゃってたそうです。」




どうやって


愛していいかわからない




世間的地位もあり


誰からも


立派な人だと傅かれ



そんな彼が


人間が本能的にできるんじゃないかと思える


『自分の子供を愛する』


という行動が


できなかった・・



それは


おそらくやはり父親から受けていた暴力が


悲しい連鎖となって自分に降りかかってきた。



「私にはあなたとお父さまの確執はわからないし、表面だけわかったようなフリもできません。 でも、大人って・・ううん、親って全員が立派やないんやなって。 自分が子供のころは大人はみんな立派なものだと思っていたし。 だけど、そんなカンペキな親なんかいないんですよね。」


萌香は優しい言葉をかけた。


斯波は彼女の言葉には答えなかった。


萌香も彼からの言葉を待っているわけでもなかった。





「あれっ! 斯波さん、もう出てきていいんですか?」


翌日にはもう出勤してきた斯波をみて八神は驚いた。


「そんなに休めないし。 仕事、たまっちゃってるし。 おれは別に病気なわけじゃないから、」



斯波はいつものように仕事をしながら言った。


正直、まだ座りっぱなしだと少し腰が痛む。


しかし


今は仕事を1日でも早く再開したかった。




八神はまだ彼の父親が闘病中であることを思い出し、わざと明るく、


「まあ、あとは『天を運に任せる』だけですよねっ!」


と思いっきり言い、斯波は書き物をしていたがぶっと吹き出し、


「それを言うなら『運を天に任せる』だろ? ったく、小学生でも間違わないような間違いを、」


と笑いながら言った。


「え? あれ? そーでしたっけ?」


あまりに間抜けな彼を見て、


「・・おまえ~、それで父親になるつもり? だいじょぶか?」


斯波はまた笑った。


「あ~。 ちょっとね。 勉強を教えるとかはできないかも。 ま、でもおれどんなに頑張っても威厳のある父にはなれないし~。 ほら、誰だって子供が生まれて初めて親になるんだし。 いきなりそんな親なんかになれませんよ~。」



いつものように


暢気に言う八神だったが。



ほんっと


アホだけど


たまに深いこと言うよな。



斯波は彼の言葉をかみ締めた。



父は


『父親失格』


の男だったんだ。


そういう人を


父に持ってしまったのは


それは


運命。




こうして自分がこの世に生を受けたことを


神様に感謝しよう。




斯波はものすごく


ものすごく優しい気持ちになれている自分に気づいた。



「・・って前に志藤さんに言われたんですよ~。」


八神はそれがウケウリであることをあっさり言って、斯波の浸っていた気分を少し害した。


「で、やっぱね~。 女の子がいいかな~とか美咲と話してたんですよお。 ほら、男だと立派なオヤジになって見本見せなきゃいけないでしょ?」



二段オチかよ・・




斯波はため息をついた。


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