第186話 迷い(1)

彼女は


いつだって


何も


求めてこない




斯波は志藤といることも忘れて


ひとり


思いにふけった。



一緒に暮らすようになって4年。



口下手で


彼女を


感動させるような言葉だって


なかなかいえなくて。


いつもいつも


彼女は


仕事で忙しい中、自分に尽くしてくれて。


4年も暮らしていれば


普通は


自然に結婚の流れになるのに。


一切


自分がそういう方向に


向いていかなくても


彼女はそれに不満を言うわけでもなく。


淡々と毎日の生活を送ってきた。




この間。



彼女から激しく身体を求められた時


少し驚いた。


今までにそんなこと


一度もなかったから



初めて


彼女から


『求め』られたような気がした。





「・・結婚、するべきなんでしょうか、」



斯波はボソっとひとりごとのように言った。



「それはおれからは何も言えへんけど。 結婚することがホンマの幸せかどうかは本人同士が決めることやし。」



「おれは社会的責任が・・取れない男ってことですよね・・」


「そういうわけじゃないと思うけど、」



何だか深刻になってしまった斯波に志藤は少し引いてしまった。



「八神だって。 きちんと彼女との関係にケリつけて、入籍したのに。 おれは・・」



「八神はさあ、流されるだけ流されてるやん。 あいつの意思100%ちゃうやろ? アレ、周りがなんもせえへんかったら、まだうだうだしてたで、」


志藤は八神をコキ下ろし、ちょっと斯波を庇うように言った。



「いいえ。 八神は偉いと思います。 普通に。 ちゃんと一人の女性を幸せにしようって・・結婚ってカタチを取って世間にも認められるようにって。」


「だからさあ・・」


「おれは、なにが怖いのか自分でもわからない、」


斯波はうな垂れた。



「萌のことは、誰よりも大事にしたいし、これから先あいつ以外の女を好きになることもないって思うのに。 どうして結婚ってふんぎりがつかないのか・・。」




斯波自身


やっぱり


悩んでいたんだ。

志藤は彼を見てそう思った。




「おれは両親とは違う。 違うって・・思えば思うほど。 どうしていいかわかんなくなる・・」




「おれがどうこう言えるもんだいでもないねんけど。 結婚してやれ、とかな? そんなん言えへんけども。 ただ。 栗栖な、子供が欲しいって思ってしまったんやって、」


志藤はため息をついた。



「子供・・?」



斯波は怪訝な顔をした。



「そう思ってしまった自分がな、結婚を望んでいるようですごくイヤなんやって。 もうおまえと一緒に生活をするってだけで栗栖にとっては幸せなんであって、あいつはそれ以上を決して望まないようにしてきたのかもしれへん。彼女、ほんまに真面目やからな。 そう思ってしまった自分が許せへんみたい、」



志藤の言葉で


萌香の態度が少しおかしかったことの辻褄があった。



「ウチはさあ、そんなん色々考える前に、子供のが先に来てしまったから。 ようわからへんけど・・でも、それは女性の本能であって。 好きな人の子どもが欲しいって思うのは当然でもあるかなあって。」



斯波は萌香の母が


好きな人との間に


彼女を身ごもった、という事実を思い起こしていた。


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