第169話 溢れる(1)

志藤は自分の本能を封印しつつ、何とか真面目に二人を説得したい、と頑張った。



「・・斯波はおれと違ってほんまに無口やし。 思ってることの半分も言葉に出せへんし。 栗栖も心が読みきれない部分もあると思うけど。 こいつはほんまに・・実のある男やし。 あんなことを言わせてしまったのも、おれの責任やって。 コイツが本心からそんなこと言うわけないし。 あれはおれに対しての怒りが収まらなくて、口をついて出てしまって・・」



しかし


萌香はちょっと涙ぐんで



「・・やっぱり・・私には人並みの幸せなんか・・手に入れることできないんやなあって。 何とか生まれ変わって、真っ直ぐに生きていこうって・・思ったけど、」


そんな言葉を口にして。



「そんなこと・・言うな。 おまえはなあ・・、もう昔のおまえとちゃうやんか。」


志藤は萌香に優しくそう言ったあと、斯波を見て



「斯波も。 栗栖がこんだけ傷ついてるんやから・・」


と言ったとき、彼がものすごい疑惑の目つきで志藤を見ていた。



「・・なに??」


ぎょっとして言うと、





「・・どこ見てんですか?」




ものすごく


ものすごく


軽蔑したような目で見られて。



「は??」


志藤は慌てた。





どうしても!


栗栖のこの・・めっちゃ


ダイナマイトな


オッパイに目がいってしまう!!





軌道修正しようと思っても


もう


どうしようもなかった。





「・・ゴメン。 でもな、男なら・・見るやろ!」



もうヤケクソで言い放った。



「え?」


萌香は思いっきり自分の胸を指差されて、慌てて手で隠した。



「おまえかて、見るやろ! 男なんやから!! 栗栖は計算でこんな強調するような服きてるわけでもなんでもなく! これが普通やんか! それをなあ・・見てしまうのは男として正常やんか!」



志藤は何だか逆ギレしてしまった。




「ほ、本部長・・」


萌香は驚いたように志藤を見た。




志藤は何とか二人の仲を修復したいと思うのだが、もう口が止まらない。




「確かに、これを逆手に取るようなことしたおれはアカンかったと思う。 もう・・二度とこんな計算ずくなことはしない。でも! こんだけいい女で、こんだけスタイルいい彼女がおるねんからな。 世の男どもが見てどう思うとか、もうそんなみみっちいこと気にしてどうすんねん! 堂々としてればええやんか! おれの彼女やって。 おまえ、栗栖を探して京都まで行ったこと忘れたんか?」


志藤はいつもの仕事で見せるような、厳しい目つきで斯波を見た。




「え・・」




「おれ、ほんまにあんとき驚いた。 おまえが。 普通の感情さえ表に出さないおまえがな。 何の手がかりもなく、栗栖を探して大阪と京都に行って! 奇跡的に彼女を見つけて、連れ戻して! おれ、ほんまに感動したわ。 もうめっちゃ・・愛の力感じたし。 栗栖がほんまに幸せになってくれればいいって。 そう思ってた。 栗栖を幸せにしてやれるんはおまえしかいないと思ってた!」



志藤はテーブルに載せたこぶしをぎゅっとにぎった。




「志藤さん・・」




『あの時』


の気持ちを


一瞬にして思い出した。



理屈じゃなくて


身体が突き動かされるような


あの気持ち



あの時は


ただ萌香に会いたくて


会いたくて


どうしようもなかった。





「おれ・・」




斯波はポツリと口を開いた。




「・・彼女の過去に全くこだわっていなかったって言ったら、ウソになる。 だけど、思ってることがうまく口に出せなくて。 もう、どうしていいのかわからなくなってしまって。 ・・もっともっと、言葉にすればよかった、」




そして


ちょっと涙ぐんでいた萌香を見た。



「・・清四郎さん、」



「自分の前から去っていく・・女を引き止める言葉とか。 うまく、言えなくて・・」




うつむく


彼の姿に


萌香はまた


はらりと涙をこぼした。


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