第170話 溢れる(2)

「・・萌を・・おれだけのものにしたかった、」



斯波は半ば魂が抜けたような雰囲気で、萌香をボーっと見てそう言った。



「え・・」




萌香は彼を見やった。



「他の男にジッと見られることさえ、何だか、すっごくイヤで。 自分だけのものにしたかった・・。 でも、それは本当におれの勝手だって。 もっともっと萌香を自慢するくらい、堂々としていればいいのに。」



萌香の心の


重苦しい何かが、徐々に溶けていくようだった。




この人は


こういう人だ。



口下手で


感情を表に出すことが苦手で。


だから


人付き合いも


決して上手じゃなくて。



だけど


私は


そんなこの人が


大好きだったのに。




「・・本当に・・ごめん。 いくらカッとしたからって、あんなことを言ってしまって。 だけど、信じて欲しいのは、おれは萌香の過去を軽蔑しているとか、そんなんじゃなくて。 ・・悔しいのはそうやって萌の身体をもて遊んできた男たちが許せない気持ちになるんであって。」



心の中を全てさらけ出すように、素直な気持ちを口にできた。




萌香は


黙って首を振って、また涙した。





「もう・・どうしていいかわかんないくらい。 萌のことが・・好きで。 ・・ここに戻ってきてくれ。」



「清四郎さん、」




おれの存在感


ゼロやん・・




志藤は自分がここにいることを二人は忘れているのではないか、と思い始めていた。




すっげえ


キスとか始めねえよなあ・・



何だかドキドキして胸を押さえた。



「・・おれ、帰る・・」


志藤はいたたまれなくなって、その場を立った。



「え・・」


二人は同時に志藤を見た。




その顔が


やっぱり




そういえば


いたんだっけ。





的な顔で




「・・お幸せに、」


顔をひきつらせて笑って、すううっと幽霊のようにいなくなった。




なんやったんや?


あの騒ぎ!!





志藤は帰り道


考えれば考えるほど


腹立たしかった。




こっちはもう・・


二人が別れたら、ゆうこにまで別れられるって


必死やったのに!



フツーに


元通りになってるやん!





どーせ


今頃


すっげー


チューとかしちゃって!!


あ~~~!!


バカバカしい!





つり革を掴まる手に


思いっきり力が入った。







「・・ねえ・・」


萌香は彼の耳元で囁いた。



「ん・・?」



「・・身体ばっかりじゃなくて。」



「え?」



「言葉で・・愛してるって・・たくさん言って。」




そんな色っぽい声で言われたら・・



「・・愛してる・・」




もう


何でも言ってしまいそう・・



斯波は彼女をぎゅっと抱きしめた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る