第157話 事件(2)

志藤はとりあえず一人で


『サンライズ』に


乗り込んだ。




「は? ホクトの? このクソ忙しいのになんなんだ!」



取次ぎを頼んだのだが


すぐそこに社長がいるようで、こっちにもビンビンに聞こえる大声が聞こえてきた。


それでも


渋々会ってもらえることになったのだが。



「ホクトエンターテイメントのクラシック事業本部長の志藤と申します。」


志藤は名刺を差し出した。



恰幅が良くて


ハゲて


メタボな感じのその社長は


一見すると


『その筋』の人ではないかと思えるほど


迫力あるたたずまいであった。



「取締役・・?」


伊橋社長はその肩書きを見て、目の前に居る志藤を交互に見比べた。


「はい、」


「まだ、30代くらいだろ?」


「まあ・・とりあえず・・39ですが、」


「そんな若いのに取締役??」


そこに食いつかれ、


「・・別に詐称はしていませんので、」


ちょっとゲンナリしてため息をついた。


「・・北都社長もどうかしちゃったのかねえ。 こんな若造を取締役になんて、」



その一言で


志藤の何かが


ブチっと音を立ててキレた。




しかし


グッと我慢して


「・・で、この企画なんですが、」


志藤は企画書を彼に差し出す。



それを一瞥しただけで、


「ハア? 北都マサヒロ? って? 北都社長の息子の?」


「ええ。 今はウイーンを中心に活躍するピアニストです。 国内の活動の幅も広げたく、こちらの椎名ゆりさんとのコラボレーションなんか・・おもしろいんじゃないか、と。」



伊橋は


ロクに企画書を読まずにそれをポイっと志藤に投げつけるようにし、


「そんなわけわかんないピアニストだか何だか知らないけど。 ウチの椎名と舞台だなんてとんでもない! ダメだ! こんな企画!」


とりつくしまもなく、あっさり断られた。


「確かに北都マサヒロは国内ではまだまだ知名度が上がっていませんが、テレビやCMなんかの仕事もきてますし、」


志藤は必死に説明した。


「知らん、知らん。 こんなもん。 これから外出するんで。 もう二度と来ないで。」



さっさと


席を立たれてしまった。


「社長!」


志藤は引き止めたが


早足で彼は出て行ってしまった。



は・・


なんじゃ


あのオヤジ。



想像以上の


『カタブツ』だった。



そして


ふつふつと怒りが沸きあがる。



クソおやじ。


人の話もロクに聞かないで。


・・しかも、おれが若くて取締役だってだけで


バカにしやがって。




さらに


志藤の中で何かがブチ切れた。



「あ、おつかれさまで・・」



萌香は志藤が戻ってきたので、彼を見やると


ものすごい形相で早足でズカズカと自分のデスクに戻り


ドカっと座ったかと思うと、これまたすごい勢いで


タバコを吸い始めた。



一見してものすごく機嫌が悪いのがわかった。



志藤は仕事で行き詰まったりしても、周囲の者を不快にするような態度を取ることはほとんどないので



かなりのことがあったのでは?



萌香は彼の様子をうかがった。

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