第156話 事件(1)
「でも・・ほんとますますなんで結婚しないのかな。 あたしが見る二人って本当に自然だし、」
夏希はうーんと考えるように言った。
「そやなあ。 あたしたちよりも普段の二人をよく見ている加瀬のがそう思うのかもね。」
南は言う。
「ケンカしてるとこだって見たことないし、」
夏希の言葉に南がまたまた思い出したように
「・・どんくらい前やったかなあ。 めっちゃケンカしたことあったよね。」
と言った。
「え? あの二人が?」
「あったよ。 ほら・・志藤ちゃんがらみでさあ、」
南は志藤の腕を叩く。
「は? あ~~~、そんなこともあったっけ?」
「もう別れるとか、何とかそこまでいっちゃってさあ、」
「そんなでしたっけ?」
玉田は言った。
「あんときは・・ウチまで巻き添えくっちゃって。 おれもゆうこにめっちゃ怒られてさあ、」
志藤はことのいきさつを思い出し、いきなり不快になった。
「え~~? ほんとですかあ? 信じられない~。」
夏希は驚いた。
「加瀬が来る・・2年前くらいやない?」
「そうやったっけ?」
志藤はあんまりそのことには触れて欲しくないようだったが。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
真尋は
日本よりも海外を拠点とした活動の方が活発になり。
海外からのオファーはけっこうあるのだが。
なぜか
日本国内からのオファーはあまりなかった。
たまに
テレビ出演やCMの仕事が入るくらいで。
「なんとかな~。 国内での仕事も取りたいけどな~。」
志藤はボヤいた。
「ホクトの専属ピアニストってわけじゃないんですけど。 そういう印象が強いんでしょう。 国内ではウチのオケ以外との競演の話もないし、」
斯波もため息をついた。
「なんか・・企画考えたいなあ、」
そして
思いついたのが。
日本有数のミュージカル女優・椎名ゆり
とのコラボ・コンサートだった。
「椎名ゆりかあ。 今、旬やし。 申し分ないけど。 どんなコンサート?」
南は志藤の考えた企画書を見ながら言った。
「ズバリ、モーツアルト『フィガロの結婚』。 真尋がピアノを弾いて、椎名ゆりが一人芝居をする。 今、モーツアルトブーム、きてるし。 おもしろそうと思わない?」
志藤は笑う。
「へえ。 一人芝居かあ。 真尋のピアノで。 ウン、おもしろいかも!」
「さっそく企画書作って、専務と社長にGO出してもらおっかな~って。」
久々の現場にやる気になってきた。
そして3日後。
「企画は・・おもしろいんですけど。」
真太郎は社長室にやって来た志藤にちょっと渋い顔で言った。
「なにか? ダメでした?」
「ダメって言うか。 もし実現できれば・・ほんと素晴らしいと思います。 ただ・・」
真太郎は社長をチラっと見た。
「ただ?」
「椎名ゆりの所属事務所の『サンライズ』の伊橋社長は、ものすごく気難しくて有名で。 ウチも何度かサンライズのタレントに映画の出演交渉なんかしたけど、断られることが多くてな。 昔かたぎの人で、プライドも高いし。自分のところのタレントを持ち上げないと、機嫌が悪くなる。」
北都はタバコを燻らせながら志藤に言った。
「・・はあ・・」
「こういう突飛な企画はだいたいボツになってしまうことが多いんです。」
真太郎も残念そうに言った。
「でも! 何とか説得して! せっかく真尋だって上昇気流に乗り始めたし。 おれが、おれが何とかその社長を説得しますから!」
志藤は社長のデスクに両手を置いて、力強くそう言った。
「・・じゃあ。 この件はおまえに任せる。」
北都はそう言った。
「はい、」
取締役になって3年目。
36での取締役就任に内部からも、疑問の声が上がっていたのは事実で。
何とか
頑張って
自分を認めてもらおうと必死になっていたころだった。
志藤は
これがきっかけで
斯波と萌香を巻き込んだ騒動になるとは
これっぽっちも思いもしなかった。
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