第158話 事件(3)

志藤はしばらく


その状態のままどこを見ているのかわからない様子で。


萌香は横目で気にしながら仕事をしていた。



すると


「栗栖!」


いきなり呼ばれて



「は、はい。」


反射的に立ち上がった。


「ちょっと一緒に来て。」


志藤は上着を手にして、またずんずんと歩いていく。


「え? あ・・はい、」


慌ててデスクの上を片付けはじめた。



志藤は大股で足早に歩くので、少し小走りに行かないとついていけない。


「ど、どこへ・・」


萌香はようやく彼に並んで声をかけた。



歩いて


10分ほどの表参道ヒルズに到着した。


意外なことに彼はそこに入っていく。



いったい、なにを・・



萌香はわけがわからないままついていくだけだった。




その上。


入って行ったのは高級ブランドの店だった。


「本部長、」


萌香は志藤の行動を読めずに戸惑う。



彼はハンガーにかけてある、女性用の服をひとつひとつ見たあと



「・・うん、これや。」



ニヤっと笑って、ハンガーごと萌香の身体にあてた。


「は?」


「ちょっとこれ試着して。」


と彼女に手渡す。


「試着って・・」


「買ってやる。」


志藤はニッコリと笑った。



いったい


どういうことなのか?



萌香は返事に困ってしまった。


「いつも世話になってるし。 遠慮はいらない。 すみません、フィッテイングお願いします、」


志藤は構わず店員に言った。




試着室から出てきた萌香を見た志藤は



「ウンウン、ええやん。」


満足そうに頷く。



「ちょ、ちょっと・・スカートが短いし・・胸元も、開きすぎかなあ、と。」


萌香はもじもじしながら鏡を見た。


「も、栗栖はな。 めっちゃ脚、キレイやし! こんくらいの着ないともったいないって。 めっちゃ似合うし! これ、下さい。」


志藤は店員にカードを手渡した。


「こんな高いもの、いただけません。」


萌香はやんわりと辞したが、


「ああ、いいって。 ・・その代わり。」


志藤は萌香をチラっと見た。


「明日、外出する時。 それを着て。」



ふっと


怖いくらいの瞳に戻った。


「え・・」


「そんだけ。」


そしてまた


いつもの笑顔に戻った。


「あの・・」


萌香は帰り道も志藤に質問しようとするが、


「・・あのハゲおやじ・・見てろ。 絶対に見返してやる、」



ものすごく怖い顔で


ボソっとつぶやいた。




「は? なに、その服・・」


翌朝。


志藤に言われたように昨日の服を着た萌香を見た斯波はちょっとぎょっとした。


膝上10cmのミニのタイトに脇スリットの白いスーツだったが・・。


「これは本部長が、」


萌香は胸元を気にしながら言う。


「買ってくださって、」


「志藤さんがあ?? なんでこんなの!」


斯波は動揺した。


「ちょっと。 手の込んだことを考えてるみたいで。 私は本部長から言われたとおりのことを、」


屈むとスーツのインナーから胸元が見える。


「またなんか利用されてる!」


カッとなって言った。


「・・何かを考えてはるんでしょう。 とにかく今日1日黙って見ていてください。」


萌香は鏡の前で服を調えた。

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