第150話 繋がる(1)

「おれと出張行くこと、斯波に話した?」


志藤はタバコに火をつけた。


「ええ・・。」


「めっちゃ怒ってへんかった?」


「・・怒っては、なかったですけど。 『なんで??』って、」


萌香は苦笑いをした。


「あいつはほんまに無口やからな。 思ってることの10分の1も言葉にせえへん。」


「そう、ですね・・」


「一緒にいてつまんなくね?」


ぶっちゃけ聞いてみた。


「え? いえ・・私もそんなに話をするほうではないので。 まあ、自分の気持ち位は話をして欲しいですけど。」


「アカンなあ・・ちょっとは女子の心をくすぐる言葉の一つでも言うてやらんと・・」


志藤はふふっと笑った。


「でも、いいんです。 そういうことを言う人やったら他の人にもそうかなって思うし、」


彼女の言葉に


「なんや、傷つくやんか・・」


志藤は胸を押さえた。




本当に彼女が東京にやってきたばかりのことを思うとウソのように会話が弾む。


ほんまに


何言うてええのかわからへんかったもんな・・


志藤はまだ1年にもならないあの頃を少し懐かしく思い出していた。




斯波は


言ってみれば


ホームシックにかかってしまい。


猛烈に彼女に会いたくて


どうにもならなかった。




「ちゃんと聴いてたの? 今の・・」


スタジオで真尋のピアノをチェックしていたのだが、真尋にそう指摘されるほどぼんやりしてしまった。



「聴いてたよ。 うん・・よくなってるかな。 まあ、まだおまえらしさがちょっと足りない気もするけど・・」


そしてボーっと感想を述べた。


「も~~。 ちゃんと聴いてろって。 おれの渾身の一撃を、」


「何が渾身の一撃だ。 リハまで本気を出さない男が、」


機嫌が悪そうにそう言った。



真尋は順調だった。


公演は1週間後。


ゲネプロも終えて、どんどん上り調子になっていた。




しかし


好事魔多し


「う・・死ぬ・・」


公演2日前の晩から真尋は猛烈な腹痛と下痢に襲われた。


「ったく・・食いすぎだっつーの。 病院でもらった薬は飲んだのかよ、」


斯波は心配そうに言う。


「飲んだけど、効かねーんだよ。 あの医者、ヤブじゃねーの??」


と言ってる間にまたトイレに駆け込んだ。




「はあ? 腹こわしたァ~?」


志藤は思わず声を荒げた。


「どうも神経性の大腸炎にかかっちゃったみたいで。」


斯波も困惑しながら言う。


「神経性? あいつが? ウッソだろ?」


「よくわかんないんですが。 そう診断されて。 薬をもらったんですが、もうおかゆを食っても下痢しちゃって、」


「って、そんなんでコンチェルトやれんのかよ、」


「点滴を打ってもらって何とか体力を回復して・・。」



斯波も大いに不安だった。


40分以上、ピアノを引き続けなければならない。


下痢で体力を消耗してしまった真尋は


果たしてもつのか?



いつもの彼なら


絶対に『神経性』ナントカなんて病気は無縁だろう。


しかし、ロンドンに到着当初は


『皇帝』を引き始めると、吐き気がして何度もトイレに駆け込んでいた。



それが影響したのかわからないが、


今回の真尋はいつもと違うことだけは確かだった。



ベッドに丸くもぐりこむ真尋に斯波は温かいタオルをビニール袋に入れて腹に当ててやったりし、一晩中看病した。


37℃台の微熱も出ているようだった。


「・・斯波っち・・」


苦しそうな声を出す。


「ん?」


「・・絵梨沙には・・言わないで・・」


「え?」


「絵梨沙には・・黙ってて。 志藤さんにも・・口止めしといて、」


こんな状態なのに


彼女のことを心配する真尋に


ちょっとホロっとしてしまった。



「・・絵梨沙・・心配性だから。  おれの心配ばっかしてる、」


苦しそうに息をしてニッと笑った。


「・・うん・・」


優しくおなかを撫でてやった。



南がいつも


真尋が絵梨沙を大事にしていないようなことをこぼすことがあるけど。


実際。


この二人は


ピアノでも


夫婦としても


ものすごく固い絆で繋がってる。


それは誰も入り込むことができないほどの。







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