第124話 始まる(2)

「志藤ちゃんの秘書の仕事、どう?」


一緒に食事に行った南は萌香に言った。


「・・まだそんなに大した仕事はしてませんが。 でも、色々なところに連れて行っていただいて、本当に楽しいです。 本部長って本当に仕事にムダがないと言うか。 日常会話をしているのかなと思うと、きちんと仕事を見据えて会話をしている、と言うか。」


萌香は笑顔でそう言った。


「計算高いやろ? あの男。 ただじゃ起きないし、」


南も笑った。


「本部長のことを知れば知るほど。 尊敬できる方だと思って、」


萌香はワイングラスに口をつけた。


「ほら、そんな褒めると。 斯波ちゃんに怒られるって、」


「そんな、」


「油断してると。 志藤ちゃんにどっか連れ込まれたりするから、」


南はそう言って笑ったが


「みんな・・本部長のこと、女好きみたいな噂したりしますけど。 実際は・・もちろん私にも慣れなれしくすることはないし。 浮気と疑われるようなこともないです、」


「あの男、あれでヨメの尻に敷かれてるから。」


「でも、いい奥さまでした。 一度、おじゃましてしまったんですけど。」


「うん。 ・・志藤ちゃんにはもったいないくらい。 ほんまに尽くしてるし。 いいお母さんやし、」


「すっごく・・あったかい家庭って感じがして。」


萌香は志藤家のことを思い出していた。




南は何となく興味が沸いて、


「ね、斯波ちゃんて家でもあんな無口なの?」


と聞いてみた。


「え、」


萌香は彼の話になると、ちょっと顔を赤らめる。


「ほら、会社だとさあ。 怖い顔してだまーっていつも仕事してるやんかあ、」


「・・まあ。 そんなにしゃべることも、ないですけど・・。」


「でも萌ちゃんの前だったら、あんな怖い顔でいないか。」


とちょっとからかうと、


「・・ど、どうでしょうか。」


さらに萌香は戸惑うように目を逸らす。


「斯波ちゃんって・・見た目はもちろん中身もおっとこまえやもんな。 しゃべらない分、実があるっていうか。 本当が見えるって言うか。」


南はグラスにワインを注いだ。


萌香はちょっと顔を緩めて、


「すごく・・まっすぐな人なんです。 ウソがなくて。 彼も・・色んな思いをして育ってきて。 そういう苦労を知ってきている人で。 私のことも・・理解してもらって、ほんまにありがたいと思っています、」


萌香はいつものように小さな声で


それでも


本当に幸せそうにそう言った。


彼女の


京都弁を初めて聞いた。


南はそんな風に思った。


きっと



本当に幸せなんだろうな。


それがヒシヒシと伝わってくるようだった。




玉田が真尋のウイーンの仕事を済ませて帰国した。


「あ、栗栖さん。 久しぶりだよね。 またよろしくね、」


彼はいつものように穏やかに萌香に話しかけた。


「はい。 こちらこそ。 よろしくお願いします。 ご迷惑をおかけしましたけど、これから頑張りますので、」


萌香の笑顔を見て


玉田は



あれ?


ちょっと今までとは違う雰囲気を感じ取った。


今までは


話しかけることさえためらうほど


冷たい雰囲気だったのに。


それが


いったい何がちがうのか?


玉田はわかりそうでわからずに悶々としてしまった。


「ごくろうさん、」


斯波がやってきて玉田を労った。


「あ、おはようございます、 あとで報告を、」


「ああ。 おれこれから外出だから。 午後にでも。」


斯波は時計を見た。


「あ、斯波さん。 この企画書なんですけど。 昨日、レックスに行って打ち合わせしていたら、専務がちょっと渋い表情だったので、」


萌香がやって来て説明する。


「あの人もこだわるからな。」


斯波のデスクの脇に萌香が立ち、書類を見ながら時折目を合わせて微笑んだり、


なにより


斯波が彼女を見る目が


なんっかもう・・



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