第123話 始まる(1)

斯波は八神と仙台出張で3日ほど留守にすることになった。


萌香はこの日は少し早めに帰宅できたので、部屋の整理をしようと思いながらマンションのエントランスに向かう。


そのとき、自動ドアが開いて、中から人が出てきた。



「え・・」


その人を見て驚く。


斯波の父だった。


彼も萌香を見て少し驚いたような表情を見せた。


「あ・・あの、」


萌香は何を言っていいのかわからず、戸惑っていると


「きみは・・」


「私・・ホクトエンターテイメントの、」


あの時のことを覚えていないのではないかと思い、萌香は自分のことを説明しようとしたが、


「・・本部長の志藤くんの秘書の子だろう、」



チラっとしか目を合わせなかったのに。



「はい。 栗栖萌香と申します。 あの、それで・・私、斯波さんの部屋で・・一緒に暮らさせて・・いただいて、」


うつむき加減に小さな声で言った。



何も言わない斯波の父に、


「す、すみません。 お父さまに無断で。 この前もごあいさつをしようと思ったんですが、」


萌香は慌てて詫びた。


「いや。 別に。 今はマンション関係の税務署の書類持ってきただけだから。 留守だったからポストに放り込んでおいた。」



あっけないほど


あっさりとそう言うだけだった。


「え・・」


「むこうだっておれのことは父親だなんて思ってない。  ここだってあいつにくれてやってもいいと思ってる。 いろいろ手続きが面倒だし、余計な税金を払うのもバカバカしいからそのままなんであって。 ここに誰を住まわそうが勝手だから。」


あまりにも


他人事のように言う彼に


「・・本当に、よく似ていらっしゃいますね・・」


萌香はポツリとそう言った。


「え?」


「・・斯波さんと・・よく似ていらっしゃいます。 びっくりするほど。」


それにはふっと笑って


「・・いちおう、血は繋がっているようだからね、」


と言った。


そして、そのままスッとエントランスを出て行った。




自分と母親の関係だって


威張れたもんじゃない。


だけど


斯波と父の間は


とても親子とは思えぬほど冷たく隔たりを感じた。


自分だって


母親のことがいやでたまらなかった。



だけど


こうして大人になってみると


怖いほど面差しが母親にソックリだと思うことがあって。



ああ


自分はこの人の子供なんだって


思わずにはいられない。


そのときの気持ちは


憎いとか


そういう気持ちを超越してしまいそうな感覚で。


血のつながりとは


そういうものなのか、と


思わずにはいられない。




斯波が父親のことには


触れて欲しくないことは


わかっていたので。


萌香もあまりそのことには触れないようにしていた。




「なによ~、やっぱつきあってたんじゃん!」


相変わらず


斯波の母は夜中にふらっとやってくる。


「なんでそんなこといちいちあんたに言わないとならないの?」


斯波はそんな母親を鬱陶しそうな顔でそう言った。


「でも! 萌ちゃんみたいないい子がそばにいてくれたら安心~。 ほんと良かった! こんな子だけどよろしくね、」


斯波の母ははしゃいで萌香の肩を叩いた。


「よく言うよ・・」


斯波は呆れてため息をついた。


「どうぞ、」


萌香は母にバーボンのロックを作って差し出した。


「ありがとー!」


「もうそんなに飲ますなって。 ほんっと酒癖悪いんだから、」


「いーじゃん! あんたも、たまには飲みなさいよ! 酒も飲めないなんていい男が台無しだよっ!」


無理やりコップを差し出された。


「ほんっと・・迷惑だっ!」


斯波は腹立たしくなりそう言ったが、萌香はそんな二人が微笑ましくてクスっと笑いがこみ上げてしまった。


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