第125話 始まる(3)

「え? やっぱそうだったんですか?」


玉田は驚いてちょっと大きな声を出してしまった。


「やっぱ気づくよね~。 斯波ちゃんが萌ちゃん見る時の顔、とろけそうやもん、」


南はアハハと暢気に笑った。


「はああああ。 おれがいない間に。 そんなになってたなんて。」


玉田は斯波と萌香の関係をすばやく察知してしまった。


「でも。」


玉田はコーヒーを飲みながら続けた。


「・・同じ男として。 まあ、彼女はいろんなことがあった子みたいですけど。 栗栖さんは仕事もできるし、キレイだし・・ほんと言うことない人だとは思いますけど。 おれなら、背負いきれないかなあって、」


南は同性として斯波を思う玉田の言葉を聞き入った。


「・・おれだったら、とっても。 人間としての器ができてないし。 斯波さんみたいに広い心で彼女を迎えられるだろうかって。」


「そうかあ。 うん、そうかもね。」


南は頷いた。


「斯波さんは仕事上でももちろん尊敬できますけど、男としても・・ほんっと憧れちゃいますね。」


いつもの笑顔でそう言った。




二人の同棲生活は全く順調に進んでいたが。


「え・・」


萌香は帰宅してしばらくしてその連絡を受けた。


「・・わかりました。 はい・・ご連絡を・・ありがとうございました、」


半ば呆然としてその電話を切る。


「なに?」


異変を察知した斯波が彼女に聞くと、


「・・十和田会長が・・さきほど亡くなられたそうです。」


萌香は小さな声で背を向けたままそう言った。


「え・・」


「奥さまが・・わざわざ私に連絡をしてくださって、」




わかってはいても


やっぱりその時が来てしまうと


何とも複雑な気持ちになる。




それは斯波も同じだった。


「・・大阪に・・行くか?」


ちょっとこわごわと彼女に言ってみた。


萌香は少し考えてから黙って首を振った。


「いいえ。 奥さまの邪魔になるようなことはしたくないので。 私は、行きません。」


か細い声でそう言った。



沈黙が


しばらく続いた後、斯波は立ち上がり


「・・タバコ、買いに行って来る。」


と財布をポケットにしまいながらスッと出て行った。


萌香はそれを黙って見送った。



どういう気持ちなんだろうか。


最期まで愛することはできなかった人だと思うけど。


あの人に恩義を感じていたことは確かで。



でも


おれの前じゃあ


泣けないんじゃないだろうか。




斯波は


タバコを買いに行きたいわけではなかった。


しかし


彼女を一人にしてやりたい気がして。


いたたまれなかった。



あの男を思って


泣いたりする彼女も見たくなかったのかもしれない。



萌香はサイドボードに買ったばかりのタバコの箱が封も切られずに置いてあるのを見つけて手に取った。


その意味が


痛いほど伝わって。



そのタバコの箱を手に


やっぱりポロっと涙をこぼしてしまった。


彼には見せられない涙を。


そして


斯波の優しさを思い


その気持ちにも


涙が止まらなかった。


「ああ・・今朝の新聞に載ってたで、」


翌朝、出勤してきた志藤に斯波はそのことを報告した。


「栗栖は?」


「葬儀などには行かないと・・」


「・・そやろな。 まあ・・複雑やろけど。 何かがひとつ終わったみたいな感じで。」


志藤はタバコの煙をふうっと吐き出した。


「・・これから・・ほんまに栗栖の新しい人生が始まると思って。 おまえと一緒に。 そういう時間が始まったってことや、」


その言葉が


深く深く心に染み入った。


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