第119話 再出発(4)

「ちょっと、緊張する・・」


いつも冷静な萌香は珍しく神妙にそう言った。


久しぶりに


出社する。


「だいじょうぶ。 みんな、待ってる。」



彼の言葉がなかったら


まだ気持ちが揺れていたかもしれない・・




そっと事業部に入って行った。


すると


「萌ちゃん! 復帰おめでとー!!」


クラッカーはさすがになかったが


そのくらいの勢いで、南のいつもの甲高い声が響き渡った。


みんな揃って笑顔で迎えてくれた。


「良かった、これで全員揃いましたね、」


八神は言う。


「タマちゃんはウイーンだから~。 また仲間はずれやん、」


南は笑った。


「おれもようやく取締役の仕事に復帰できるな~、」


いつも遅刻ギリギリの志藤も早く来ていた。



「あ・・、」


萌香は何かを言いたいのだが


言葉が全く出てこない。


「ああ、なんも言わんでいいって! もう栗栖はそこにいてくれるだけで花やし。 ほんまにこの部署、女子おらへんやんかあ。 空気重苦しくってなあ、」


志藤がこれみよがしに言うと、


「は? 今、聞き捨てならないこと言うた?」


南が彼の腕を取った。


「言うてへん、言うてへん。 『独身』の女子がいると、ほら・・華やぐやん? 男としては、なあ?」


いきなり八神に振って、


「・・今、おれに何を言えって言うんですか・・」


八神の狼狽ぶりがおかしくて笑ってしまった。




おんなじだ・・


萌香はジンと胸が熱くなった。



何も変わらずに


私を迎えてくれて。


ここに来た頃


誰とも


交わろうとしなかった自分の頑なな心を


この人たちは少しずつ


変えてくれた。



萌香は胸を手で押さえながら


「あの・・本当に・・ご迷惑を、おかけして・・」


とみんなに言った。


声が震えてしまう。


「図々しく・・またここに戻ってくることを許してくださって。 これからは生まれ変わった気持ちで・・必死で頑張って事業部のために、仕事を・・」



こらえきれずに


涙をこぼした。


「萌ちゃん、」


南は彼女の肩をそっと抱いた。


「・・もう一度、やり直してみようってそう思えたのは、みなさんのおかげです。 本当にありがとうございました・・」



萌香は深く


深く


頭を下げた。



斯波はそんな彼女を優しく見守った。


少し落ち着いた後、萌香は志藤の前に行き、


「お断りしておいて・・図々しいんですが。 もし・・もし、まだ本部長の秘書の仕事のポストが空いていたら、私にやらせてくださいませんか、」


と言った。


「え・・」


「こちらの仕事もきちんとやります。 どうか、本部長の仕事のお役に立たせてください、」


真っ直ぐに志藤を見つめた。


「・・ええのん?」


「はい、」


萌香はニッコリと微笑んだ。



志藤は少し戸惑い気味に、背後の斯波をチラっと見た。


斯波は気にしているようだったが、わざとしらんぷりをしている。


それにクスっと笑ってしまい、


「・・おれが栗栖を連れまわしたりすると~。うるさい男おるんやろなあ、」


と言った。


またその言葉に反応して斯波がピクっと動いたのも見えてしまい、また笑いを堪えた。


「そ、そんな・・」


萌香は恥ずかしそうにうつむいた。


「まあまあ。 よかった。 うん、おれもほんまにおまえのこと待ってたし。 これで仕事をする気が大いに起きるというもの、」


志藤はいつもの包み込むような笑顔でそう言った。



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