第120話 やきもき(1)

「早速で悪いんやけど。 明日の晩、一緒に来てくれる?」


志藤は笑顔で萌香に言った。


「明日?」


「Tokyo-Waveの50周年記念パーティーがあって。 社長の名代で行くことになってんねん。 ウチの部署も世話になってるしって。 だから栗栖も一緒に来て、」


「は、はい・・でも、パーティーなんて何を着て行けばいいのでしょうか、」


「そやなあ、普通のスーツよりは華があるほうがええなあ、」


「そういうのは大阪で処分してきてしまって、」


「そうかあ。 ・・買うたろか?」


いきなりそう言われて、


「は・・?」


萌香より後ろで耳をダンボにして聞いていた斯波が驚いた。


「そ、そんな・・。 買っていただくなんて、」


萌香は断ろうとしたが、


「秘書するんやったらな、もちょっと色っぽい服とかでもええんちゃう? ガチっとスーツよりもさあ。 もー、美人秘書つれて歩くのが・・楽しみで楽しみで・・」


斯波の手がふるふると震えた。


「み、南さんに頼んでみます。 そういう方面にお知り合いがたくさんいるようですから、」


萌香は苦笑いをして、丁重にそれを断った。


「そうかあ? 買ってやりたかったけどな~、」


いつものように


暢気にそう言って笑った。



その後


萌香は早速、斯波に休憩室に呼ばれた。


「そんな。 買ってなんかもらいませんよ。 洋服なんか、」


「ったく何考えてんだか・・いっくら秘書たってさあ。 自分のいいように見せびらかしたいだけじゃんって。」


斯波はさっきの志藤の言葉に憤慨していた。


「本部長はああいう方です。 別に深い意味なんかなくて。 半分冗談で言うたんでしょうし。」


萌香はあっさりとそう言った。


「それでもさあ。 なんっか心配になってきた。」


斯波はコーヒーに口をつけながらボソっと言った。


「え?」


「秘書なんて。 出張にも同行することがあるだろうし・・」


「そうかもしれへんけど、」


「いろんなこと甲斐甲斐しく世話しなくちゃだろうし、」


「そうかも・・」


彼が何を言いたいのかよくわからなかったが、


「ひょっとして、本部長が私に何かするとか思ってるんですか?」


ちょっと聞いてみた。


「な、なんかって・・。 まあ、ほんっとあの人女の子大好きだし。甘え上手というか、適当に女心くすぐること言うのうまいし、」


恥ずかしそうにちょっとうつむいて言った。


「そんな。 バカなことあるわけないでしょう、」


萌香は笑い飛ばすように言った。



「本部長は奥さまを大事にしていらっしゃる人です。 会社の女の子やオケの女の子と軽口を叩いて食事に行くくらいは普通でしょう。 それと同じノリで私にはそう言ったんやと思うし。 それに・・本部長に信じてもらえてあの人の下で仕事をしたいって本当に思えるようになって。 普段はふざけたことばっかり言うてはるけど、仕事のことはほんまに真剣に先々のことまで見据えて考えてるし、なにより部下のことを信じてくれはるし。尊敬できる人です。 私は秘書としても本部長の力になれるように仕事をしたいんです。 明日のパーティーのことだって、別に私を見せびらかしたいとかやなくて、女性がいたほうがその場が和やかになって話がスムーズにいくことだってあるはず。 そういうことに役に立てるのなら、喜んで一緒に行かせていただこうと思っています、」




萌香は


キッパリとそう言った。




彼女の真剣な顔に


自分が


いかにつまらないヤキモチをやいているか、


そう思っただけで、こっぱずかしくなってしまった。





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