第106話 京都(1)

しかし


斯波は自分の甘さを思い知ることになる。



タクシーを降りて、あてもなくウロウロと探していたが


どうしていいのかわからず。


そのうち、夕方になると


その怪しげな街は、さらに怪しくなり。




東京で言ったら


歌舞伎町?


行ったことねえから


よくわかんないけど。




音楽ひとすじで生きてきた彼にとって


まったく


初めての世界と言ってよかった。



店に入ってしまったら


間違いなくボラれるのではないか?


と思えるような店ばっかりで。




仕方なく斯波は客引きの男に


「あのう・・この辺で栗栖さんて人がやってる店、ありますか?」


と聞いた。


「はあ? クリス? 日本人かいな、」


と笑い飛ばされた。


「そんなのええから。 ウチの店、来てや。 いい子たくさんおるで。 しかも・・」


男は斯波に耳打ちするように


「3万ぽっきりでやれるから!」



と言った。


びっくりして、



「いえ・・結構です。」


丁重に断り、その場を去った。



な、


なんなんだ・・。



斯波はだんだんと不安になってきた。



そんなことで萌香を見つけ出せるわけもなく。


斯波は近くのビジネスホテルを取って、ベッドに倒れこむように寝転んだ。



彼女は


実家のことや


母親のことは


口にしなかった。


それは触れてはいけないことのように。


中学を出て、家を飛び出すほどなんだから


よっぽど、ひどい環境だったんだろう。


今さら


そこへ帰るだろうか・・


京都へ帰る、と聞いただけで


母親の元に戻るとは限らない。


こうしてここで彼女を探していても


果たして見つかるのだろうか・・



斯波はなんだか絶望的な気持ちになり、大きなため息をついた。




「そうですかあ。 斯波さん、栗栖さんを探しに・・」


自宅で晩酌をする志藤にゆうこは頬づえをつきながら言った。


「でもなあ。 万が一、栗栖が見つかったとしても・・あいつの過去も同時に知ることになるんやないかなって。 めっちゃショック受けるんとちゃうかなって、」


志藤はため息をついた。


「・・まあ・・そうかもしれませんね、」


ゆうこもそれを心配した。


「良かったんかなあ。 止めなくて。」



「あなたが後悔している姿も珍しいですけどね、」


ゆうこはふっと笑う。


「そうか?」


「斯波さん・・自分の気持ちを止められないほど、栗栖さんのことを愛しちゃってるんですね、」


夢見るように別のため息をついた。


「あの人がそんなに情熱的だなんて思いませんでした。 普段は無口で冷静で、クールで。 でも、一人の女性をそこまで愛せるなんて、」


ゆうこの中でも斯波の株は上がりっぱなしだった。


「女ってさあ、こういうのに弱いよな。」


「は?」


「ああいう普段は無口で、なーんもおもろない男が、そうやっていきなり女を追いかけて行っちゃう、みたいな?」


「無口な人は誤解されやすいけど、こうやって意外な面を見ると・・そうですね。 ドキっとしちゃうかも、」


「なんかおもろないなあ。」


志藤はゆうこをジロっと睨んだ。


「ヤキモチ妬いちゃって。 バカバカしい、」


ゆうこもつきあって焼酎のロックに口をつけた。


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