第105話 動く(3)

「栗栖が東京に戻ってこないのは、たぶんあいつなりに色々考えているんだと思う。 だから・・」


志藤は斯波の気持ちを思い、フォローするように言った。


「・・彼女の・・実家は、」


斯波はようやくそう言えた。



「それが。 会社の資料にはまったく実家のことには触れてへんねん。 十和田会長の奥さんに聞いても、会長も知らないとかで。」


「え、」


「前に話をした時に・・京都の市街地でお母さんは場末のスナックで働いてるって、」




たった


それだけの情報。


彼女は本当に


今までの生活を捨てて


帰ってしまったのか?




もう


頭の中が混乱状態で


冷静になるまで時間がかかった。



「・・おれ、京都まで行ってみます、」


斯波は言った。


「斯波、」



「栗栖を・・絶対に連れて帰る・・」



自分に言い聞かせるようにそう言った。



斯波はもう何も考えられずに


京都にそのまま向かった。



諦めることなんか


絶対にできない。



あの夜のことが


忘れられない。


自分の心も身体も


萌香を求めて


止まらない。





京都に着いたはいいが。


関西に詳しくない彼にはまったく見当もつかない。


タクシー乗り場に行き、運転手に


「あのう・・この辺りで繁華街みたいなトコってどこなんでしょう、」


と聞いた。


「繁華街? お客さん、お座敷遊びかなんかしはるんですか?」


と言われて、


「お座敷遊び?」


「この辺で言うたら、先斗町とか。 芸妓街やな。 昔の花町やけど、」


「花町?」


なんだか想像してしまい戸惑う。


「お客さん、東京の人?」


運転手は斯波に言った。


「え、ええ・・」


すると彼は笑って、


「花町ゆうてもな。 別に疚しいトコちゃうで。 いわゆる芸妓遊びするトコ。 今は風営法が厳しくてそういう店はほどんどあらへん。 そういうトコはまたそっからちょっと離れたとこにようけあって・・」


説明してくれた。



斯波は少し考えて、



「・・じゃあ、そっちの方に向かってください、」


と言った。


「え? そっちでええんか?」


と言った。



そういう客だと思われてるだろうか・・



とっさにそう思い、


「え、いや・・あの。 そういうんじゃなくて! おれ、人を探してるんですって、」


必死に言い訳をした。



「人を?」


「はい。 でも・・そういう芸妓とかの所じゃない気がして。」


もう勘に頼るしかなかった。



志藤さんの話からすると


かなりいかがわしい感じの場所らしいし。



「ああそう。 まあ、とにかく行ってみよか、」


運転手は斯波を乗せて、車を走らせる。




南は仕事をしながらも斯波のことが気になって仕方がなかった。



「な~、電話あらへんの?」


志藤に何べんも聞いてしまった。



「ないって・・」


志藤も何度も聞かれてだんだんウザくなってきた。



「なんの手がかりもなく探しに行っちゃうなんて。 斯波ちゃんてさあ、けっこう情熱的なんやんなあ。 なんかホレてしまいそう、」


南はニヤつきながらため息をついた。


「アホか、」


「ほんまに。 萌ちゃんに会いたいんやろなあ、」



もう


それっきゃねえだろ・・。


志藤も内心、心配していた。


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