第107話 京都(2)

翌朝。


朝のこの町で人さがしをするのは


昨日の夜より


難しかった・・



人、いないし。



もう斯波は疲れきってしまった。



それでも頑張って通りすがりの人に聞いてみるが、


「栗栖? 知らないね。 この辺、ごちゃごちゃした店、多いし。 いちいち経営者の名前なんか知らへんし、」


だいたいこんな返事だった。



やっぱり


ここじゃないのかな。




ほぼ諦めムードではあった。


ブラブラと歩いて先斗町まで行く。


この辺はガラっと変わって、祇園の雰囲気がある。


建物も趣深く。


こうして冷静に歩いてみると、時折聞こえてくる三味線や長唄の声に少し心が和む。


途中、昼食を採りながら志藤に電話をする。



「うーん。 確かに、先斗町よりはそっちのが可能性ありそうやけど。 市街地っていうても、広いしなあ。 そういう店、けっこう裏路地なんか入るとたくさんあるし。」


「この辺では・・特に彼女のお母さんらしき人を知っている人はいません、」


「まあ・・そういうトコなら、本名で商売してへんやろしな、」


「そうですね、」


斯波は声のトーンがガクっと落ちた。




「なあ、」


「え?」


「もし。 彼女が見つかって、おまえが彼女の事情を知ることになっても・・」


志藤は言いづらそうに切り出した。


斯波は彼の言う意味がわかり、


「もう・・そんなことはどうでもいいです。 彼女がこれまでどうやって生きてきたのかなんて。 おれだって親にまともに育てられてこなかったんですから、」


と答えた。


「彼女がおまえに会おうとしない理由はそれしかない。 そこんとこようわかってやらんと、」


「はい、」


と電話を切った。



何の手がかりも得られぬまま夕方になる。


先斗町は舞妓や芸妓たちが華やかな雰囲気で街を行き交う。


そのとき


ある家の前で打ち水をしていた中年女性が斯波に気づかず、足元に水をかけてしまった。


「ああ、えろすんません。 濡れてしまいましたね、」


女性は慌ててタオルを持ってきて拭こうとするので、


「ああ、大丈夫です。 まだまだ暑いのですぐ乾きますから、」


と言った。


「東京の方どすか?」


「え、あ、はい・・」


「ほんますんません。 お詫びと言ってはなんですが、おあがりになって、おぶ、どうどすか?」


「いえ、本当に大丈夫ですから。」


斯波は断ろうとしたが、


「いいええ・・このままお帰ししたら、東京の人に京都の人間はそんなんか、と思われてしまいますので、」


女性はニッコリ笑った。



断りきれずに中に入る。


中は独特の雰囲気だった。


玄関先に上がらせてもらうと、舞妓姿の女の子たちがやってきて、


「ほな、おかあさん。 行ってまいります、」


と挨拶をしていった。


「ああ、おきばりやす。」


その女性は彼女たちを笑顔で送り出す。


斯波が不思議そうな顔をしているので、


「ああ、ここは『置屋』いうてな、つまり、舞妓さんたちのプロダクションみたいなもんやな、」


女性は笑う。


「そうですか、」


「観光で来はったんですか?」


冷たい麦茶を差し出された。


「観光と・・言うか。 人を、探していて・・」


もう藁をもすがる思いで言った。


「人を・・?」


「この辺の人かどうかもわからないんですが。 栗栖さんという女性をご存知じゃないでしょうか、」



「くりす・・?」


彼女は首を捻って考え込んだ後、いきなり


「ちょっと、喜代美! 喜代美!」


後ろの部屋に向かって誰かを呼んだ。


「なに? 大きな声出しはって、」


若い女性がエプロン姿で出てきた。


「この人な、東京から来はったらしいねんけど、『栗栖』さん探してはるんやて、」


「栗栖・・?」




「あの栗栖さんやろか、」



女性のつぶやきに


斯波は驚いた。


「ご、ご存知なんですか!?」


「知ってるというか。 この子、娘なんやけど・・中学の同級生やってん、 ええっと、萌香ちゃんやったっけ?」


「うん、」


彼女たちの会話を聞いて、



神様!!



斯波は天に感謝をしたかった。

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