第56話 頑な(2)

斯波は


胸の中が


深い深い海の底のような気持ちになり


息苦しくて


真っ暗で


何ともやるせない気持ちになった。



『何とかしてください・・』



あの時の彼女の言葉は


初めて自分に本当の気持ちを言ってくれたものだった。



ずっと


強がって


人の助けなんかいらないって


何もかもはねつけて生きてきた彼女にとって


『お金』以外に


初めて


『人』を必要とした言葉のような気がした。



「・・そんなこと、言うな。 心配になる・・」


斯波は思わずそう言ってしまい、ハッとした。


「え・・」


萌香の戸惑うような言葉にさらに焦ってしまい、


「だ、だから。 なんか知らないけど、おまえがこうしてここに住むようになって。 おれとしても・・まあ、部下みたいなもんだし。 見過ごすわけにいかないっていうか。 もう大阪でのことは忘れろ。 とりあえず、忘れろ、」



口が勝手に動いて


そんなことを言ってしまった。



部下・・



そう彼にとってはそれでしかない、自分。


「もう、いいですから。 明日からちゃんと仕事、しますから。」


萌香は耐え切れずにインターホンの受話器をガチャっと置いてしまった。


「おい、」


斯波はこの気持ちをどこにぶつけていいかわからない。




女なんか


めんどくさい。


今までだって


つきあってきた女がいなかったわけじゃない。


だけど


相手の機嫌を取るなんてことは


好きじゃなかった。


鬱陶しくなると


別れた。


女を傷つけたって平気だった。


女は


すぐに心が揺れて。


平気で裏切る生き物だと思っていたし。


オヤジにまとわりついていた女にだって、どうして結婚している男に平気でついてくるのかが理解できなかった。




人の家庭壊して


平気な顔してる。


周りのことなんかひとっつも考えてない。


あいつも


そんな女たちと同じ?


自分のことしか考えていない?




斯波はもう


頭が混乱していた。




『おまえは栗栖をどうしたいねん、』



志藤に言われた言葉を思い出す。





「なんっか・・おかしくない?」


南は戻ってきた斯波の様子を見て志藤にコソっと耳打ちした。


「は?」


志藤も斯波を見た。



確かに。


仕事に関しては真面目な彼が


何もしないでデスクで頬杖をついてタバコをボーっと吸っている。


何かを考えている、という表情ではなく。


本当にただぼーっとしているだけ・・


という雰囲気だった。


「恋にでも悩んでるんかな?」


南の問いかけに、


「はあ? あいつが? 恋に落ちて飲まれるタイプかよ。」


志藤は、ハハハっと笑い飛ばそうとしたが、急に萌香のことを思い出す。



彼女は休んでいる・・




「なに、途中で笑いやめたりして気になるやん、」


南は鋭くそう言った。


「や、なんでもないけど。」


志藤はパソコンに向いて、仕事に戻っていった。





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