第57話 頑な(3)

南はなんとなく斯波が気になった。


「な~、斯波ちゃん。 ほんま悩みとかあったらあたしに相談してよ~。」


直球ストレートに聞いてしまい、


「えっ、悩み?」


斯波にぎょっとされた。


「もう、負のオーラがめっちゃ出てるよ。」


ドキリとした。


「あんたはね・・ダンナのことだけ心配してなさいよ、」


斯波はため息をついた。


「みんな仲間やん。 ううん、友達やんかあ。 斯波ちゃんのこと心配になってしまう、」


ポケットからタバコを取り出し、しかし火をつけるわけでもなく。



斯波はぼんやりと、


「女は口だけだからなあ、」


と言った。


「え、どういうことよ、」


「さびしい時とか。 誰でもいいから側にいて欲しいと思う?」


彼女に質問をした。


「なにそれ、」


怪訝な顔をする南に


「何も聞かずに質問に答えてくれ、」


怖い顔をさらに怖くして言った。


「え・・誰でもって・・ヤなヤツには側にいて欲しくないよ・・」


「でも大して思ってない男にもそんなこと言えるだろ?」


「う~ん。 時と場合によっては・・かなあ。 恋愛感って人によってちがうやろ? どーでもいい男でも、寂しい時にはさあ、抱いて欲しいって女もおるやろし。 そんなん絶対イヤやって女もいるし。 あたしは・・昔はどうでもよかったなあ。 生活のために男を利用することもあったし。 不倫とかもなーんとも思わなかった。」


南は昔を思い出したのか、遠くを見ながら頬杖をついた。



そしていきなり


「ねえ、あたしの初体験いつやったと思う?」


と質問してきた。


「はあ??」




なんでおまえの初体験をおれが当てないとなんねーの??



とつっこむことさえ忘れるくらい唐突だった。


「高校1年の夏。 しかも! ナンパの名所の『ひっかけ橋』ってとこでひっかけられた大学生と! アホやろ~?」


南は他人事のように笑った。


「なんかね~。 どんなんかなあって。 シてみたかっただけっていうか~。 ま、シてみたらシてみたで・・こんなんかって。 相手はさあ、つきあおうってめっちゃうるさかったんやけど、そんな好きでもなかったし、オモロイ男でもなかったから・・それっきり。 顔だけは良かったけど、」


かる~くアハハと笑った。



斯波は呆気に取られて彼女を見た。


「でも。 ほんまアホやったなあって。 若気の至りとはこのこと。 なんでもっと自分を大事にせえへんかったんやろって。 今は後悔してるかなあ。 男に身体許すって簡単やけど、簡単にしてはいけないことやったなあって。 真太郎に出会った時にな、あの人、めっちゃ真面目やったから。 今までのあたしが恥ずかしくなるくらい。」


南はデスクの上の時計をいじくりまわしながら言った。


「女にとってさあ、好きな人に抱かれるのがいっちばん幸せってこと。 どんな女だってさ、それは同じやって。」


南はニッコリと笑った。



こいつも


山あり谷ありの人生だったんだなあ・・


斯波はぼんやりと考えてしまった。


「で、そういう子に恋しちゃったの?」


南はすかさず突っ込んだ。



油断していた斯波は慌てはじめ、


「ば・・バカなこと言うなっ。 ちょっと言っただけじゃん、」


と、また仕事に向かい始めた。



「なんだかんだ言ってさあ、斯波ちゃんって優しいもんね。 顔は怖くて無口でぶっきらぼうだけど。 そんなんで優しいなんてさあ、女はそういうのに弱いんだよね~、」


と彼の肩に手をかけてそう言って笑った。




斯波はその晩、家に戻り


萌香の部屋のドアの前で少し立ち止まった。


そして


自分の部屋に鍵を開けて入っていく。



なんだか自分らしくない


彼女のことを思うと冷静でいられない


自分にも気づく。



『恋しちゃったの?』



南に言われたことを思い出し、慌ててその気持ちを頭から振り払った。



そんなわけ、ねーだろ!


あんな


めんどくさい女・・


おれは


彼女に


新しい生活を始めさせてやりたいだけだ。


あの男と離れて


自由に生きて欲しいだけだ。


そのために


あいつに構っているだけなんだ



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