第45話 ノクターン(2)

どうしよう・・


萌香は迷っていた。


その気持ちを察したのか、斯波が


「行かないの?」


と声をかけた。


「どう・・しようかって、」


「メシ行くだけだし。 まあ、真尋はバカだけど、一緒にいると楽しいし、」


斯波はふっと笑った。


「・・バカって、」


萌香もつられて少し笑ってしまった。


「おれも普段はこういうことはつきあわないけど。 まあ、良かったから。 あいつのピアノ。」



まあ、良かった


のレベルじゃない気がするけど。


素直じゃないのね。



萌香はクスっと笑った。



「プロデューサーも喜んでたな。 こっちのが良かったって。」


志藤もご機嫌だった。


「真尋はショパンのエチュードよりもノクターンのが得意なのよね。」


絵梨沙が言うと、


「まあ、難しいのが弾けないってだけだけどな、」


斯波はいつものようにちょっとイジワルにそう言って笑わせた。



「ね、どーだった? おれのピアノ。」


真尋はさっそく萌香に話しかけた。


「とても素晴らしかったです、」


静かにそう言った。


「ホント? うれしーなあ、」


とニヤつく。


「萌ちゃんは大阪なの? 関西弁、出ないね。」


「・・京都、ですけど。」


「じゃあ、志藤さんとおんなじじゃん。 京美人って感じだよね~。 ね、カレシとかいないの?」 


もうかぶりつき状態の真尋に、


「いえ・・」


萌香はちょっと身を引いて苦笑いをした。



そんな彼に


「だから、ヨメがいるっつーのに、いい加減にしろっつーの、」


斯波は注意をした。


「え、別に聞いてるだけじゃん、」


真尋は口を尖らせる。


「真尋ったら、栗栖さんに失礼よ。 ほんとズケズケ聞くから。 ここは合コンじゃないのよ、」


絵梨沙もビシっと言った。


「おれの合コン現場を見たのか?」


真尋は逆襲した。


「ほんまに。 エリちゃんを不幸にするような言動はおれが許さないからな、」


志藤がジロっと睨む。


「そんなことしてねーよ。 なんだかんだ言っても、このおれの感性についてこれるの絵梨沙だけだし、」


「変人につきあってる彼女の身にもなれっての。 なあ、」


志藤が絵梨沙に優しく近づいて言う。


「どさくさでくっつくな、」


真尋は絵梨沙の肩を抱いて、シっと追い払った。


「こんなキレイな奥様がいるんですから。 大事にしてあげてください、」


萌香は少し笑って真尋に言う。


「え~~、男として美人にあれこれ聞くの、礼儀だろ~?」


わけのわからない主張をして真尋はトイレに立つ。



斯波がそれを追おうとしたが、志藤が目で制して自分が立ち上がった。



志藤はトイレに行き、真尋の隣で用を足しながら、


「・・彼女にはかまうな。」


と言った。


「はあ?」


いきなり何を言い出すのか、と真尋は志藤を見た。


「栗栖に、かまうな。」


念を押すように言う。


「なんでだよぉ・・みんなしておれを危険人物あつかいしやがって、」


と、手を洗う。


志藤も横で手を洗いながら、


「彼女のことは放っておけ。 余計なことをあれこれ聞くな。」


と、厳しい顔でそう言った。


さすがの真尋もただならぬ雰囲気を察し、


「なんなの?」


と聞いた。


「とにかく、彼女の身辺に関わることを、聞くな。 いいな。」


それだけ言って志藤は先にトイレを出た。



なんだあ?


あの子、何者?



真尋は萌香が普通の女子社員でないことを


少し感じ始めていた。



「も、めんどいからタクシーで帰ろう、」


志藤は店を出て言った。


「下町までだからタクシー代大変だねえ、」


真尋は笑ってからかった。


「ほっとけ、」


「萌ちゃんは? どーすんの?」


真尋が言うと、なぜか斯波が


「・・方向が一緒だから途中までタクシー乗せていくから、」


と答えた。



「え~?斯波っちが~? あぶなくね?」


真尋は疑惑の視線を向けた。


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