第43話 何も言わないで(3)

「お金を渡したりするのだって・・その人のことが好きだから。 ・・でも、あたしは若い頃から体売ってお金を稼いだことはないよ。 それだけはイヤだったし、」


母はそう続けたので



斯波は少しドキンとした。


「ホステス仲間でさあ・・そうやってお金もらってる子いたけど。 あたしはそんなの絶対にヤだった。 女だったら好きでもない人に抱かれるなんて、絶対にヤに決まってる。」


その言葉が胸につきささる。


「でも・・ほんとに好きだったからさあ。 あんたのお父さんのことだって。 あの人は結婚に向いてなかったんだよね。 あたしも、だけど。 でも・・あんたができちゃったし。 それでもあの時産んでおいてよかったって思うよ。 だって、清四郎がいなかったら・・あたし、今頃何も頼るものなかったし、」


「勝手なこと・・言うなよ。」


斯波は水をぐっと飲んだ。


「あたしじゃ、ピアノ続けさせてあげられなかったしね。 清四郎、ピアノすっごくうまかったし。 あの人だってねえ、たった一人の子供だもん。 あんたのこと心底憎いだなんて思っちゃいない。」


母はバーボンのロックをぐいっと飲んだ。


「ほんと・・よかった。 清四郎がいて・・」


とろんとした目でポツリとつぶやく。



勝手ばっかり。


斯波は眠ってしまった母の上に掛け布団をかけてやった。



深く考えもしないで


オヤジと一緒になって


おれを産んで。


やっぱ無理だって


気づいたら


おれを置いて離婚して。



なんて母親だと思ってた。


離婚した後は


箍が外れたように、おやじはおれの世話をばあちゃんに任せて、家に帰らなくなった。


家にいて


気に入らないと殴ってくるオヤジだったから


帰ってこなくなったのは


ホッとしたけど。


たまに


帰ってくるときは


女と一緒で。




オヤジもオフクロも


大嫌いだった。



でも


こうして自分が大人になってみると


この母親は


何もわからないうちに親になってしまったんだろうな、と。



オフクロには


大学を卒業するころから


たまに会うようになった。


ぜんぜん


変わってなかった。


いつまでも


浅はかで。


どうしようもなくって。


しょうがねえなあって。


そんな気持ちで。




この両親の中で生まれ育ったおれは


確実に『家庭』なんてもの


全くわからずに、大人になって。


恋愛にさえも


希望が持てなくなった。


そのゴールが


結婚なのかと思うと



・・ゾッとした。



つきあってきた女は


いたけど。


長くつきあうと『結婚』という二文字が


ちらつきはじめ、


鬱陶しくなって、自分から離れて行った。


それは女をパートナーとして


見ることができないからだって


わかってる。



おれは


変われるんだろうか。



母親の寝顔を見ながら、頬づえをついてふと


思ってしまった。

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