第42話 何も言わないで(2)

斯波が家に戻ると、ドアの前で母が待っていた。


「なんだよ、また・・」


鬱陶しそうに言うと、


「遅いんだもん。 ねえ・・セカンドキーの合鍵もちょうだい、」


「ヤダ。 勝手に入られると何されっかわかんないから、」


斯波はむっとしたまま鍵を開ける。


「なんで来たの、」


「いーじゃない。 別に。 息子に会いに来るのに理由がいるの?」


今日は酔っていないようだった。



ここに来るのは酔っているときか、・・シラフの時は寂しい時だ。



「ねえ、おなかすかない? なんかつくろうか。」


正直


母の料理なら自分が作ったほうがマシだった。


「おれはいい。 食いたかったら適当にやって。 風呂、入るから。」



オフクロはバカだ。


あんなオヤジと何となく一緒になって。


子供ができたからって。


オヤジなんか結婚してすぐ女作って帰ってこなくなったって言うし。



若くて


何もわかんなかったんだろうけど。


ほんと


いまだに男に騙される。




離婚する時だって、


『ごめん、あたし清四郎にピアノ続けてあげられそうもないから。 お父さんに養ってもらって、』


あっさりそう言って。


今までの復讐のために


おれをおしつけて出て行ったって思ってた。



おれは捨てられた。


ずっとそう思っていた。




「ねえ、清四郎。 あたし結婚しようかと思うんだけど、」


風呂からあがってくるといきなりそう言われた。


「・・そう。」



もう、何べん聞いたことか


そのセリフ。


「前みたく働いてない男とか、事業を始めたいとか言ってる男とはするなよ。 ったく、おれが後始末してんだからな。 ほんっとメーワクだ。」


「今度の人はいい人だから。 清四郎にも会わせるし、そのうち。 彼が離婚したら・・」



げっ


今度は不倫かよ!


50過ぎて、ふざけんなっつーの!



はあっとため息をついた。


「相手、いくつなの、」


「60。」


「60にもなって、そんなこと言ってる男、ダメだって。」


「でも! 社長なのよ。 不動産会社の。」


「ウソくせ~~。 とにかく不倫なんか絶対にやめろ。」


「奥さんとはもう何十年も家庭内別居してるようなもんだからって。 子供も独立したしって、」


「じゃあ、さっさと離婚すりゃいいじゃねえか、」


「いろいろ慰謝料とか大変なんだって。」



そんな言い訳信じちゃって。


バカだなあ・・



斯波はまたため息をついた。



「清四郎は・・結婚しないの?」


「結婚?」


「もう33でしょ?」


「しねえよ。 もうね・・あんた見てて女なんかうんざりだって思ってるんだから。」


「なにそれ。 ひどーい・・」


「オヤジの愛人たちだって腐るほど見てきて。 ほんっと女なんか信用できないし、」


「かわいそ・・清四郎、女嫌いになっちゃったんだ。」



ひとごとみたいに言いやがって。



「でもさあ。 女ってずるいトコもあるけど、男よりもずうっといろんなこと考えて生きてんだよ、」


母はタバコを吸いながら言う。


「でも、実際あんたは騙されてるじゃんか、」


「でもさあ・・そんときはその人のこと・・すっごい好きになっちゃったから、」


と満面の笑みで言う。



この人も


悲惨な人だと思ってたけど。


ちゃんと愛する人と


恋してたし。



あいつよりは


幸せかもしれない



斯波は萌香のことを思う。

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