Tear drops

第34話 涙(1)

「なんとか寝ました、」


ゆうこが戻ってきた。


「ああ、ごめん・・」


「彼女が、栗栖さんですね?」


志藤から話だけ聞いていたのでピンときた。


「そう。 ちょっとね。 こみいった話してたら、めっちゃ酔っぱらってしまって、」


「まあ、ホテルに入らなかっただけ、許します。」


ゆうこはちょっと口を尖らせた。


「行くわけないやろ、」


「あんな美人と二人で飲んで、そうならないほうが不思議じゃないですかあ?」


ゆうこの疑惑のまなざしに、


「だから。 家に連れて帰るしかないやろ。 めっちゃくちゃ飲むから・・もう、」


でも


飲まずにはいられなかった


というのが


正しいのかもしれない。




志藤はタバコを灰皿に押し当てて消しながら、


「彼女が・・畠山専務と不倫してたことは話したよな、」


とゆうこに言った。


「ええ・・」


「でも。 ほんまはそんなんは・・ほんの3ヶ月くらいの出来事らしくて。 実際は・・彼女は高校1年の時から、ある男に囲われてた、」


ゆっくりと今、彼女から聞かされた話をゆうこにした。



「彼女はおれと同じ京都の出身やけど。 市街地の歓楽街の出で。 祇園とかそういう世界とは全く違う・・ちょっと場末のスナックでお母さんは働いてるらしい。」


ゆうこは彼の話を静かに座って聞いていた。



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萌香は


頬杖をついて、けだるそうに話をし始めた。


「・・父は生まれたときからいませんでした。 母は・・私を・・15で産んでいます。」


「え・・」


かなり


彼女の生い立ちが尋常でないことが伺えた。


「母も施設で育ったので。 私は生まれてすぐに乳児院に預けられました。 母が成人してから私を引取りに来て。 5つのときからずっと・・その店で育てられて。 母の仕事はホステスなんて上等なもんじゃなくて実際は体を売る仕事をしていました。 何人もかわるがわる男の人が来て。 それで生計を立てていたようなものです。 生まれたときからそんな境遇で、それが当たり前みたく毎日過ごして。 でも、本当はイヤで仕方がなかった。 早くここから逃げ出したい。 そう思っていました。・・そして、中学2年の時・・」


萌香はグラスをぎゅっと握り締める。


「母の留守に・・母の客が来て・・」


声をつまらせる。



思い出すだけで


身の毛がよだつあの事件



萌香は思い出してはらりと涙をこぼした。



「・・おまえだって・・オフクロと同じ仕事するんやでって・・男相手に仕事するんやろって・・無理やり、」


堪えきれずに両手で顔を覆った。


志藤は驚きで目を見張り


息を呑んだ。


萌香はどんどん酒を飲み、ヤケになって志藤に全てを話した。



「その男は・・3万置いて。 ・・処女やったからサービスやって。 私は・・その時初めて・・自分の体がお金になることを・・知りました。」


志藤はもういたたまれなかった。


「栗栖・・もう、いいから。」


彼女の話の先を想像してしまい、もう聞きたくなかった。


「いいえ・・。 もう・・全部を話さないと・・私・・」


萌香は涙の顔で必死にそう言った。


「ひょっとしてこうしていれば私はいい学校に行けるかもしれないって。 友達が・・塾に行ったりするように、できるかもしれないって。 どうせ汚れてしまったなら、もう自分でお金を稼いでこの世界から飛び出すしかないって。 死ぬほど・・つらかったけど。 絶対に私をこんな目に遭わせたヤツを見返してやるって。出会い系で・・そういう相手をみつけて、中学生ってバレないように化粧もして。 女子高生のフリをして。 そして処女のフリをして・・お金ふっかけて。 私はそんなお金で必死に勉強をしてきました。」



今まで


胸の奥にしまいこまれて


いっぱいいっぱいになった彼女の心のダムが


一気に決壊したようだった。



「そして京都でも有数の進学校に合格して。 だけど、まだまだ私は勉強をしたくて。 高校生になってからもそうやって・・勉強するお金を稼いでいました。 もうその頃にはそれが罪だなんて思わなくなっていました。自分の体でお金稼いで何が悪いって。 そう思えて。 ・・そんな時・・あの人に出会って、」



「十和田会長に?」


志藤はようやく口を開いた。


「きみは大学に行きたいの?って。 私なら行かせてあげられるよって。 その代わり、私の言うことを・・聞くんだよっ・。 私は・・家を出て・・彼の借りてくれたマンションに住むことになって・・」



志藤はだんだん


気分が悪くなってきた。


娘を持つ親として


こんなにつらくて悲しいことがあっていいものか。



「あの人が生活の面倒を全て見てくれて、一流大学にも通うことができて。 ホクトのような一流企業にも就職ができました。 私の望みが叶ったんです。 もうこれであの闇の生活から抜け出せるって、思ってました。 あんな情婦の娘でも。 ここまで・・できたんだって満足もあって。 でも・・あの人はそんなに都合よく私のことを思ってなかった・・」


萌香は涙が止まらなかった。

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