第33話 決断(3)

「・・はい。」


萌香は小さく頷いた。


「麗明会の十和田会長が。 個人で北都フィルのスポンサーになりたいと申し出てると・・社長の知り合いを通じて話があった。」


驚いたような目で彼を見た。



彼らが


なぜ


十和田と会っているのか。


詳しいことはわからなかった。



「会社の審査の報告書も。 今日会って話をしたところも。 断る理由がない。」


その言葉に


萌香はその拳をさらに強く握り締めた。



「・・し・・斯波さんは・・」


「斯波は、 この話は受けないほうがいいと思うと、言った。」


萌香は言いようのない気持ちに包まれ、うつむいて目をぎゅっと瞑った。


「この話に反対するには。 おれに・・事情を話さないといけないから。」



聡明な彼女は全てを悟る。



萌香はグラスのロックの焼酎を一気に飲み干した。


「・・私を・・ここから追い出すつもりなんでしょう、」


震える声で言った。


「斯波も・・そうじゃないかと言っていた。」



志藤は


斯波が彼女のことを


本当によくわかっていたことに少し驚いていた。



「・・し・・斯波さんは。 私みたいな女を軽蔑しているんです。」



泣いている?



志藤は萌香の横顔をジッと見てしまった。



萌香は自分でグラスに焼酎を注いで


また一気に飲んでしまう。




「私を・・辞めさせて・・ください・・」



彼女は両手で顔を覆った。


「栗栖、」


「も・・これ以上・・耐えられない。 会社にも・・迷惑を、」



彼女は


泣いていた。





「あ、ゆうこ? ごめん、遅くに。 あのさあ、ちょっと頼みあるんやけど、」


志藤はタクシーの中から自宅に電話をした。


もう12時を回っていた。


「・・ひとり、泊めてくれへんか?」


志藤の横で眠りこける萌香を見た。




「な・・」


志藤の妻・ゆうこは


志藤が酔っぱらって前後不覚の女子社員を抱えるように連れてきたことに激しく驚いた。



まさか


女性だとは思わなかった。


しかも


めちゃめちゃ美人。




彼女の戸惑いを先回りして読み取った志藤は


「言いたいことはわかってる! 何も言うな! こいつを泊めてやってくれ。 ぜんっぜん起きない、」


必死にそう言った。


ゆうこは頭が混乱した。


突然夜中に夫が酔った美女を家に連れ込むって・・



彼女を玄関でドサっと落とした。



「ん・・」


萌香はその衝撃で大きく息を吐いた。


ゆうこは慌てて


「そんなに乱暴に・・大丈夫?」


彼女を起こすように言う。


「重い・・」


志藤はへとへとだった。


「まあ、事情はのちほど。 とにかく寝かせないと。 リビングの隣の和室に布団を敷いておきましたから、」


ゆうこは彼女を支えながら言う。



志藤はリビングにドカっと座ってタバコを一服した。



疲れた・・


色んな意味で。



ため息混じりに


タバコの煙を大きく吐いた。


無茶飲みをして


酔っぱらった彼女は


恐らくこれが彼女の過去の全てではないか、ということを


一気に志藤に吐き出した。



それがあまりにも


つらく、重い話で。


彼は全く酔うことができなかった。


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