第29話 スイッチ(2)

「・・・・」


真尋は固まった後、斯波の肩をバシっと叩き、


「ちょっと! なんでこんな美人が来たことをおれに言わないんだよっ!」


と当たり始めた。


「・・いちいち言うか、」


「え? なに、いくつ? どっから来たの?」


真尋は萌香に食い入るように質問攻めだった。


「ナンパか?」


斯波は呆れて彼のオデコをぴしゃっと叩いた。


「明日のライヴ。 スペシャルシート用意しておくから! 絶対に来て!」


真尋は萌香の手をぎゅっと握りながら言った。


「は・・いえ、社員ですから・・入れますので、」


さすがに萌香もちょっとのけぞった。


「だから、やめろっつーの、」


斯波は図々しい真尋を制した。


「なんだよ~~。 おい、斯波っち、手え出すなよ~、」


真尋は斯波を見てニヤっと笑った。


「・・アホか。 ほんっと小学生みたいなこと言うな。 おまえ。」


いつものようにバカにしたように彼をジロっと睨んだ。


「うるせーな! もう、斯波っちが腰抜かすくらいの演奏すっからな! 見てろよ! 絶対に褒め言葉をその口から言わせてやる!!」


真尋はまたも子供のような挑戦状をたたきつけた。


「バカ・・」


斯波も呆れて笑ってしまった。




しかし


早速。


「あ~~、つっかれた。」


真尋は夜の7時ごろになりひょっこり事業部に現れた。


「・・だからな。 なんで疲れたって言ってここ帰ってくんねん。 家、帰れ! 家!」


志藤は眉間に皺を寄せて言う。


「今日さあ・・絵梨沙と子供たち、お義母さんトコ行っちゃって。 泊まるってゆーからさあ。 おれ一人だし。」


真尋は甘えるように言う。


「もう、ライブも明後日だしさあ。 今日もリハで疲れちゃって。 ・・でさ、」


真尋は志藤にずいっと近づき、みんなに背を向けるようにして


「ねえ・・彼女誘ってメシ行かない?」


一生懸命デスクワークに励む萌香をチラっと指を指して言った。


「は?」


「栗栖さん。 栗栖萌香さん、」


ニヤっと笑う。


志藤はぎょっとして


「アホ・・彼女はダメ!」


真尋のオデコを叩く。


「いってえなあ・・。 志藤さんと一緒ならいいだろ~?」


オデコをさすりながら言った。


「ダメ!」



ただでさえ


色んな噂がある彼女に真尋を近づけるのは危険すぎる。


「おまえなあ、エリちゃんが留守やからって、何を考えてるねん、」


「だから、メシだけなのに。」


志藤は黙って携帯を取り出し、


「じゃあ、エリちゃんも呼ぶ・・」


と電話をかけようとするので、慌ててその手を押さえた。


「バカ! なんてことすんだっ!」


「バカはおまえやろっ! ホンマ・・あの子だけはやめといてくれるか?」


志藤は小声で真面目な顔になってそう言った。


「・・なにそのガード、」


真尋は不服そうに言った。


「ガードっていうか。 ホンマ、社員となんかあったら困るし、」


「なんでおれがなんかするのが前提なんだっつの! メシだけって言ってんじゃん、」


志藤はそんな真尋をジロっと睨み、


「前科があるやつは疑われる。 世間とはそういうもんや、」


と言い放った。


「くっ・・昔のことをいつまでも・・」


真尋は思わず胸を押さえた。


「メシならおれが行ってやるから、」


「別に志藤さんとは行きたくねえの、」


真尋はため息をついた。

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