第30話 スイッチ(3)

真尋のライヴが無事終わり


志藤もホッと一息ついていたころ、社長から呼ばれた。



「今、連絡があったんだが。 大阪の麗明会って大きな病院をいくつか経営してる法人を知っているか?」


唐突にそう言われた。


「え・・ああ。 関西にはたくさん病院がありますよね。」


「そこの会長の十和田壮平氏。 年は50くらいの人だけど、知り合いから紹介があってな。 個人で北都フィルのスポンサーになりたいと申し出てるらしい。」


「個人でスポンサーに?」


「ウチの審査には調べてもらった、」


と書類を志藤に手渡す。


「妊婦向けコンサートなんかもやっているし、今、音楽セラピーも患者に勧めているそうだ。 書類で審査が終わったら、一度会ってきてみてくれないか? まあ、見たところ全く問題のない人物のようだが。」


「はあ・・」


志藤は書類に目を通す。





「麗明会?」


志藤は斯波を応接室に呼んだ。


「うん。 まあ、特に問題もなさそうなんやけど。 スポンサー選びは慎重にしないと、」


「病院を5軒と、あと養護老人ホーム、子供ホスピタル・・ホスピスなんかも経営してるんですね、」


「関西じゃあ、有名な資産家や。 今の会長は3代目らしいんやけど。 患者向けにコンサートなんかもして欲しいとか言われてるらしいで。 んで、明日急やけど、先方の都合がいいから大阪に会いに行くことになってん。 おまえも一緒に来てくれるか?  ここんとこスポンサー獲得も難しくなってきてるし、いい話やと思う。 なるべく早く会って話ししたいから。 日帰りでキツいと思うけど、」


「はい、」




こうして二人は出張することになった。


「はい・・あ、志藤ですか? えっと・・今日は、」


電話を受けた萌香は志藤のデスクにあるスケジュールカレンダーに目をやる。


「大阪に・・」


と言った後、そこに



『麗明会会長と会合』



と書いてあり、固まってしまった。



「・・お・・大阪に・・出張ですが。・・はい・・わかりました・・」



呆然としつつ電話を切る。


心臓の音が


高鳴るのを押さえきれない。


萌香は信じられないようにそのカレンダーを見つめた。



志藤と斯波は事務局の応接室で待っていた。


すると


「・・お待たせいたしました、」


一人の男が入ってきた。


二人は立ち上がる。



そして


「会長の・・十和田です、」


その男を見て


斯波は激しく驚いた。




あの・・


男だ。



萌香の『パトロン』という


あの男だった。




十和田は斯波の顔を見て、フッと笑った。


何もかも


お見通しのように。


話が頭に入ってこなかった。



なんで?


どうして・・この男が・・


北都フィルのスポンサーに?



頭の中が疑問でいっぱいだった。




小1時間ほどの話し合いを終えて、


「では、お返事を後日お電話で。 これから会社の審査もありますので、」


志藤は言う。


「いいお返事を待っていますよ。私も以前、北都フィルの公演に行ったことがあります、 本当に若々しくて生き生きとした演奏でした。」


十和田はにこやかにそう言う。


「ありがとうございます。」


「これからお食事でもいかがですか?」


と誘われたが、


「仕事がありますので、これから東京にトンボ帰りです。 申し訳ありませんが、」


志藤はやんわりとそれを断った。


「そう。 残念です。 じゃあ、また。」


本当に


物腰の柔らかい紳士だった。




彼女を


東京まで追いかけてくるようには


とても思えない。



彼はエレベーターまで二人を見送りドアが閉まるまで見送ってくれた。


斯波はとうとうほとんど言葉を交わすことができなかった。



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