第10話 顔(2)
「そんなこと、あなたに関係ありません・・」
萌香は鋭い目を彼に向けたが、弱々しい声で言った。
「少し、力を抜いたら?」
斯波の優しい声に
「力なんか抜いたら・・生きていかれません・・」
いつもの
攻撃的な言葉ではない。
胸が苦しくなるほど
寂しい言葉だった。
萌香はそう言うと彼に背を向けてしまった。
「ありがとうございました・・」
落ち着いた彼女は斯波にタクシーで自宅マンション前まで送ってもらった。
「しんどかったら明日は休め。 先生もストレスがあるって言っていたし、」
と声をかけると、
「ストレスなんか、」
まだ青白い顔色でつぶやく。
「もう、どうだっていいんです、」
そう言って彼女は振り返らずにマンションに入って行った。
斯波は彼女の後姿をじっと見つめていた。
翌日
青白い顔色のまま萌香は出勤した。
「大丈夫なのか? まだ顔色が悪い、」
斯波は彼女にそう言った。
「・・いえ、」
萌香はいつもの彼女に戻っていて、そっけなくそう言った。
するとそれを見ていた志藤が
「どうかしたの?」
と聞いてきた。
「ああ、彼女・・昨日、」
と斯波が言いかけると、
「余計なこと言わないでください!」
萌香はびっくりするような大声でそれを制した。
みんな驚いて彼女のほうを見る。
「すみません・・。 印刷所に行ってきます、」
萌香は慌てて外出する仕度を始めた。
「え? 胃けいれん?」
「すごく痛そうだったんですけど。 でも・・強がっちゃって。 なんなんスかね、あれは・・」
斯波はため息をついて志藤に言った。
それでも昨日、彼女が別れ際に言った、
『もうどうなってもいいんです、』
その一言が気になった。
人に
弱みなんか見せたこと
ないんやろな・・
志藤はぼんやりとそう思った。
萌香は外出から戻り、事業部のあるフロアにやってきた。
すると
「あ、栗栖さん、」
別の部署の男性社員2人に声をかけられた。
「はい?」
立ち止まった。
斯波はちょうど昼食から戻り、その光景を目にしてしまった。
「ね、普通の飲み会だからさあ。 みんな栗栖さんを誘いたがってるんだよ。 ちょっとだけでも来ない?」
飲み会の誘いのようだった。
「いえ、私は、」
萌香はうつむいて、ボソっとそう言った。
「そんなに堅苦しく考えなくてさ、ね、ちょっとだけ、」
尚も誘う彼らに
「すみません、行かれません。」
萌香は冷たくそう言って一礼してその場を去った。
その二人はため息をついて、歩きながら
「誰だよ、ちょっと誘えばついてくるとか言ったのは、」
「大阪の同期のヤツが言ってたんだよ。 すぐやらせてくれるって、」
そんな会話を交わし、斯波とすれ違った。
言いようのない
怒りが沸いてくるようで。
そして
彼女が大阪でいったい
どんな暮らしをしてきていたのか
詮索するのも怖くて。
彼女の後姿は
あまりにも寂しかった。
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