第9話 顔(1)

京都・・



萌香はどんどん入り込んでこようとする


志藤に嫌悪感を感じていた。




「は? 進めた?」


志藤は広告代理店のレックスから電話を受けた。


「あの新しく来たっていう、ええっと美人の栗栖さんだっけ? 彼女が斯波さんと一緒に来て・・彼は先に帰ったんだけど、その後の打ち合わせで彼女がOKだって言うんで・・」


レックスの専務から言われた。



9月に行われるオケの定期公演の雑誌広告の件だった。



電話を切ると萌香が戻ってきた。


「栗栖、ちょっと。」


志藤は彼女を呼んだ。


「はい。」


「今、レックスの専務から電話があったけど。 おれ・・まだ打ち合わせの段階って言うたよな?」


「は?」


「OKして進めなさいとは言わなかった。 斯波にはなんて言われた?」


厳しい表情で言う。


「斯波さんは・・レコード会社に行くので途中で帰られました。 専務と話し合って結果を報告するように、と。」



「だから。 進めろとは言わなかったやろ?」


どんどん志藤の表情は厳しくなる。


「でも。 予算もゲラもできてるし。 もう日にちもないし。 ここで進めないと間に合わないのでは、」


「それはきみが決めることではない!」


志藤の激しい口調にそこにいたみんながハッとする。



「大阪では・・ここまで詰まったらOKということでやっていました、」


萌香は負けずに言う。


「ここは大阪の企画とちがう。 勘違いすんな。 きみは大阪では一人でどんどん仕事をしたんやろけど、ここはおれや斯波の了承をいちいち得てからやってくれ。みんなで分担して仕事してるんやから、逐一のコミュニケーションは大事にしている。 一人で進めることは許さない。」


志藤は彼女にそう言うと、萌香は黙って少しだけ一礼して彼の前から立ち去った。




志藤はタバコに火をつけてパソコンに目をやった。


「ちょっと言いすぎちゃう?」


萌香が席を外した後、南は志藤に近づいた。


「はあ?」


「ああいうプライドの高い子は、みんなの前で叱ると逆効果じゃない?」


「アカンことはきちんと言わないと。 最初が肝心やろ、」


志藤は憮然としていた。





「・・まだ仕事するの?」


いつも最後まで残ってデスクワークをしている斯波だが、10時になろうというのにまだ萌香が仕事をしていたので帰り際に声をかけた。


「おかまいなく。 おつかれさまでした、」


彼の顔も見ず、ボソっとそう言った。


ちょっと彼女の様子がおかしい気がして、斯波はそっと近づいた。


「なんですか?」


いつものように攻撃的に視線を投げかけられた。


顔色がものすごく悪かった。


「どっか、具合悪いんじゃないの?」


と言われて、萌香はドキっとして少し胃の辺りを押さえた。


「・・別に、」


と言うが額に脂汗が光っている。



尚も立ち止まる斯波に


「なんでもないですから、」


萌香は彼を振り払うように声を荒げたが、その時、


「・・う・・」


みぞおち辺りをぎゅっと抑えて椅子から崩れ落ちるように座り込んでしまった。


「どうした?」


斯波は驚いて彼女に駆け寄る。


「か、かまわないで・・下さい・・」


痛むのか顔が歪む。


「バカ! そんなに苦しんでるのに! 立てるか? 病院へ、」


斯波は彼女を抱き起こした。


「ほ、ほっといて・・」


尚も彼女は虚勢を張るが、抵抗できないほど痛みが激しくなっていった。




「胃けいれん?」


病院の救急外来に萌香を連れて行った斯波は医師からそう言われた。


「ええ。 今、痛みを止める薬と一時的に胃の動きを止める薬を入れましたから。 痛みは治まると思います。 そうしたら帰ってもいいですよ、」


斯波は萌香のいるベッドまで行った。



「胃けいれんだって、」


と言うと体を丸くして寝ていた彼女は


「・・だから・・大丈夫だって・・言ったでしょう、」


まだ強がっていた。


「大丈夫じゃねえだろ。 すっごい痛かったんじゃないのか? 前からよくあるの?」


「たまに・・」


「いつもいつも・・切れそうなくらいピンと張り詰めたような神経で過ごしてるのがいけないんじゃないの?」


斯波は見ていないようで彼女のことを見ていた。


萌香は少し体の向きを変えて彼を見た。

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