第5話 始まりの春(5)
志藤は
なんだか
心が重かった。
社内でこんな噂をされていることを彼女を知っているのか、いないのか
彼女はいつものように淡々と仕事をする。
誰に話をするわけでもなく。
固く
固く
閉ざされた心・・
不思議な感覚にとらわれる。
この
気持ちはなんなんだろう。
胸が
苦しい。
萌香は今日も残業だった。
「・・もう8時やで。 帰りなさい。」
志藤はまた事業部に彼女と二人になった。
「まだキリがつかないので。」
「メシ、おごる。 行かない?」
と言うと、萌香は志藤を見て
「いいえ。 結構です。」
静かにそしてキッパリと断った。
「そう・・」
ああそうか
この子は
おれだ。
志藤は自分のことを思い出していた。
東京に来たばかりのころの自分
重い気持ちを背負って。
誰にも構われたくなくて
他人が自分をどう思おうと構わない。
放っておいてほしかった。
大阪にいたころのことは
今ではもう
かき消したいほど
そんなことばかりで。
彼女も
何かを背負っている?
思い過ごしかもしれないけど。
「そういえば。 新しい人、来たんですよねえ?」
家に帰り、夕食を採った後、ゆうこはテーブルを拭きながら志藤に言った。
「え・・」
ちょっとドキっとした。
「南さんがこの前そんなこと、電話で言ってたから。」
「あ・・そ、」
ちょっと目を逸らす。
すると、ゆうこはジーっと彼を見た。
「・・なに?」
怪訝な顔でゆうこを見る。
「すっごい美人なんだァ・・」
うなずきながら言うと、またドキンとした。
「なっ・・」
動揺が顔に出てしまったので、ゆうこは笑ってしまった。
「そんなに動揺しちゃって。」
「動揺なんかしてへんもん、」
プイっと横を向いた。
「普段だったら、新しい人が入ったら、あたしが聞かなくてもその人のことをどんどん話してくれるのに~。 今回は全然何も言ってこないし。 おかしいと思った・・」
ほんっとに
なんでこういうことには
鋭いんだ。
志藤は口を噤んでしまった。
「ま・・美人やけどな。 ちょっと困ったちゃんっていうか、」
「はあ?」
「なあ、おれって・・東京に来たばっかのころ。 めっちゃ、ヤなヤツやったよなあ?」
志藤はいきなりゆうこにそう言った。
「は?」
「そうだよなあ?」
「まあ・・思いっきりヤなヤツでしたけどね。 人を見下したように物を言うし。 女の子にはホイホイ声はかけるけど、自分が誘われたりすると、思わせぶりに引いてみたり。 関西人なのに、ぜんっぜん関西弁もしゃべらないし、真太郎さんのこともすっごい敵視してたしね。」
ゆうこはクスっと笑った。
そう言われると
自分でもそのときの気持ちが蘇ってくる。
彼女そのまんまやん。
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