第6話 謎(1)


翌日。


志藤は朝の事業部の申し送りで、


「ここんとこスポンサー獲得の業績あがってなくてなあ。 契約切れのトコ5つもあって。 再契約が難しい状況やし。 新しいスポンサー開拓せんとアカンねんけど・・」


頭をボールペンで掻きながら言った。


「あたしもちょこっと当たってみるわ、」


南はリストを見て言った。


「ん。 頼む。 八神は南についていろいろ教わって。」


と八神を見る。


「ハイ・・」




「えっと・・斯波は中野楽器の三田村社長のトコ行って。 栗栖と一緒に、」


志藤はそう指示をした。


「え・・」


斯波は一瞬、戸惑う表情を見せたが


「三田村社長はウチのスポンサーの中でも大事なお客さんやから。 栗栖にもわかってて欲しいし、」


「はい、」


ちょっと不満そうに小さく頷いた。


斯波は会社の車に萌香と乗り込んだ。




彼は元々、余計なことは一言もしゃべらない。


特に女性とは日常会話でさえも、ほとんど話すこともなかった。



萌香は助手席に乗り、シートベルトを締めた。


そして、運転席に乗り込む斯波の横顔を見て、



「斯波さんのお父さまは、東京国立音楽大学の学長の斯波宗一郎氏なんですか?」


いきなりそう言い出した。


「え・・」


キーを差し込んでエンジンをかけようとした手が思わず止まった。


「クラシックを色々な本を読んで勉強しました。 珍しい苗字だし、写真を拝見したら斯波さんにソックリだったので、」


萌香は冷静に続けた。



斯波は


鋭い眼光を、さらに鋭くして怒った様にエンジンをかけた。


「斯波宗一郎氏は音大学長である以上に、この業界のかなりの影響を与える人物だということも。 差し出がましいですが、・・スポンサー獲得の件もお父さまに口を利いていただくとかはしないんですか?」



萌香の言葉に


斯波は言いようのない怒りさえこみ上げる。



「9つの時に両親が離婚した。 おれとはもう何の関係もない人物だ、」


低い声でボソっとそう言った。


「離婚・・?」


「向こうだっておれのことは息子だなんて思っちゃいない。 余計なことは言わないでくれ、」


萌香のほうを見て、怖いくらいの瞳でそう言った。





大手のスポンサーである中野楽器の三田村社長は


斯波が連れてきた超美人の萌香を見て、もう上機嫌だった。


「こんなにキレイな子が入ったんだあ。 これは志藤さんにお願いして一席設けてもらいたいな、」


スケベ根性丸出しで言う社長に、斯波は


「はあ・・」


曖昧な返事をするだけだった。




萌香は色っぽい笑顔で、


「光栄です。 三田村社長には事業部創設からずっとお世話になっていると聞いています。 今後ともどうぞよろしくお願いします、」


会釈をした。



そして驚くことに彼女は社長を伝に彼の友人が経営する企業をスポンサーとして紹介してもらう約束まで取り付けたのだった。




帰りの車の中で、


「見事な営業っぷりだな、」


斯波がボソっと言うと、


「そのためについてきたんですから。 手ぶらでは帰れません。」


萌香は冷静に手帳にメモをしながら言った。



社長が彼女に興味を惹かれているとわかるや否やすかさずそこに切り込んでいった。



「社長と食事の約束をしたのか?」


「ええ。 六本木にいい店があるから、と言われましたので。」



サラっと言ってのけた。


女性の武器も惜しまずに駆使する彼女に斯波は小さなため息をついた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る