第8話 人にあらず。
「人じゃない?」
「そんなに気にしなくてもいいから、私も人じゃないって分ってるでしょ」
少し考え、
「あーそんな気もしましたけど、、、えっ
信太さんは自分の姿を眺めてから、
「ここに来る人にはあなたと同じように見えてる筈よ」
ポンと胸を叩いて。
「何故か体を持ってる、妖怪変化かな、妖怪って言うのはちゃんと体を持ってるの、ちゃんとと言うのもおかしいけど怪しげな由来不明の体を持ってるの、だからここに来られる人には同じように見える筈、でも大抵の人はここに入ってこれない、私は出ていけない」
カウンターの中に入るのは店の入り口に近い方か一番奥、信太さんは私を手招きして入り口の方へ移動する。
「えっ出ていけないって猫ちゃん、じゃなくて狐さんは商店街まで来てましたけど」
「路地からは出られない筈よ、それに他の人には見えていない」
「あっそうかそれであの場所でじっとしていたのか、見えていたら相手したくなりますもんね、と言うことは私みたいな人しかここに来れないって事ですか」
信太さんはカウンター入り口の60センチくらいの幅の板を押して中へ入る。
「押すだけで開くから、そう、キメラみたいに私を受け入れる事が出来る人、
私も続いて中へ入る、カウンターの中に入ればほんとにお店の人になった気分。
「妖し?、、、んー私は鈍いだけなんじゃないのかな、信太さんだって普通の人と変わらないし、あの変な事、、、言っちゃいます、信太さんの体温感じます、人と同じ感覚です」
「嬉しい、私体温有るんだ、私ね自分の事が何も分からないの、気が付いたらここにこうして居た、それ以外何も分からない」
信太さんはこの話はこれで終わりという風に顎を引いて見せる。
後ろの壁の方を向いて、
「ここにコーヒー豆を種類ごとに分けて置いておくの、奥の袋から今日使う分大体で良いから、・・・中略・・・今の所豆の補充は私がするから、どこにどの豆が入っているか少しづつで良いから覚えてね」
「いっぱい種類が有るんですね覚えるのが大変そう」
「そうでもないわよ、そうね匂いを覚えて」
信太さんは棚の手前に置いてあるカップとヘラの様な形のスプーンを手に取って一番左のケースのふたを開いて5粒ほど豆を
私の方にカップを差し出し「これがキリマンジャロ、匂いを嗅いでみて」
カップを受取るが「わたし匂いが分からない」正直に話す。
この前ここでコーヒーを飲んでから少しづつ食べ物の苦みが消えて味が分かるようになったが、匂いはコーヒーとお味噌汁の違いが分かる程度だ。
「とにかく匂いを嗅いでみて」
カップに鼻を近付け匂ってみる、「コーヒーの匂い」
「そうね、じゃあ次ね」
カップを取って豆を戻し隣の豆をまた少しだけ入れて渡してくれる。
「試してみて」
もう一度同じように匂ってみる、「あ、なんか違うえっとなんだろ、香ばしさが違うって感じかな、、、あっ、、、」
なんかジーンときた豆の匂いの違いが分かった、コーヒーとみそ汁の匂いは違うくらいの感覚しかなかったのに、豆の匂いの違いが分かっただけで感激してしまった、涙が流れた。
「違う、豆の匂いが違う」
「そう、ここにある豆は全部匂いも味も違うの、豆だけじゃないのよ、世の中には数えきれないくらい色んな匂いと味が有るの、だんだん分かってくると思うよ」
「で、でも覚えられるかな、そんなにたくさんの匂い」
私の手からカップを取って、
「大丈夫、小さな子供でも教えなくても美味しいものは見分けるし、日本語は勝手に話すようになる、覚えようとしなくても勝手に頭が覚えてくれるの」
「そうだった私まだ四つ五つの子どもと変わらないのに中学校へ行ってる変な子だった」
そこで話が私が幼い頃の事に無理やり変えられた様な気がした、私はその頃の事は忘れてしまいたいのに。
「二歳三歳頃の事は覚えてる?」
「覚えてない、小さい時の記憶は嫌な事ばかり、、、」
「ごめん、思い出さなくていいから、ごめんねそのうちに嫌な事も忘れる様に神様に頼んであげる、大丈夫忘れられるからね」
信太さん慌てて私が昔の事を思い出さない様に取り繕った。
「神様に、、、そんな事出来るんですか」
「うんそういう神様の知り合いが居るからそのうち来てくれる、私から呼ぶことは出来ないけど」
「そうなんだ神様と友達なんだ」
「友達って言うかお客さん、色んなお客さんが来るのよ」
「へーそう言うお店なんだ、うん少し分かった気がする」
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