第6話 幻の狐横丁

善繡ぜんしゅうどうしたの」

 肩をゆすられた、お母さんが帰って来ていた。


 私は本を読んでる姿勢で固まっていた様だ、顔の真下が濡れている。

「善繡怖かったの、ごめんねもっと楽しいご本が良かったね」

 黙って首を振り振り向いてお母さんにしがみついた。


「おがあさん」(違うよ、楽しいことがいっぱい有った筈なのに思い出せない、楽しいことを覚えていたい、忘れたくない、昔の事を忘れてしまいたい)


 言葉にならずしばらくお母さんにくっ付いていた。


 結局今週は週末になっても顔が右半分だけ元の皮膚のまま土色で「きれいに剝がれるまで休みなさい」といわれ学校へ行かずおうちで勉強とか本を読んでいた。

 それでも土曜日にコーヒーのお店に行くことになった、お母さんと一緒に。


「でもちゃんと行けるかなあ、猫に付いて行ったからよく覚えてないんだ」

「お店の名前ぐらい覚えてないの」

「あっ、えーとね、変な名前だった、木偏きへんに何かで埃とか塵とかの葉っぱの名前、私みたいな要らない物の事」

善繡ぜんしゅう、あなたは要らないものでは有りません、私達にとって宝物なのよ、そんな風に言わないで、、、ちりの葉、ほこりの葉、ゴミの葉、ああくずの葉じゃない」

「、、、たぶんそんな感じだった」

「そうその近くで探してみましょ」



 商店街の入り口まで来た。

「こっちすぐ横に道が有るんだ、、、あれ、、、」

 どんどん進むと車の通る道に出た。


「おかしいな引き返すね」

 通り過ぎないようにゆっくり歩く、けれど路地は見当たららない。


「お母さん場所分からない」

「そうなの、吉川よしかわさんで聞いてみましょ」

 商店街に戻り少し駅の方に歩く。


 <喫茶 パリ>吉川さんのお店、古ーい和風な感じのどこが<パリ>なのか、どこかの東京タワーじゃないタワーの古ぼけた写真が一枚飾ってあるだけ、どう見ても<吉川さん>の方がぴったりだ。


ようちゃん、善繡ぜんしゅう連れてきた」

 一番奥のテーブルに座っていた吉川よしかわ芳子よしこおばちゃん(結構な歳、お店の人)にお母さんが声をかける。


「あら善ちゃん久しぶり、元気になった?」

「ちょっとだけ」


 二、三度会った人を顔見知りと言うなら私も顔見知り、お母さんのお友達。

「あらあら日焼けしたの半分だけ、元気そうじゃない」

 私は黙ってうなずく。


「芳ちゃん、この近くに葛の葉って喫茶店知らない」

「喫茶店!ライバルじゃない!って葛の葉なんて聞いたことないけど」

「名前間違ってるかも知れないけど、この子が先日お世話になったのよ」

「あーまた迷子になったの、それで日焼けしたのかい、でもねえこの辺で喫茶店はうちと駅前の憎っくき南風ぐらいしかないけどねえ」

 

 遠慮も気遣いもありゃしない。


 わたし「この商店街の横の筋、今行ったけど見付からなかった」

「横って車が通ってるところ、あんなところに喫茶店は無いよ」

「この前の朝ここ通れなかったから左へ行ったら道が有った」


 おばさん少し考えて、

「あー、、、ちょい待ち、何も頼まないのかい、回答は注文次第だね」

「頼みますよ、私は紅茶、善繡は?」

「何か食べたい」

「えっもうお腹すいたの食べてきたばっかりなのに」

「ご飯食べてきたの、じゃあパフェかホットケーキか、スパゲティは重いかねえ」

「あっスパゲティ食べたい!」

「あら嫌いじゃなかったの」

「そうだった?でも今なら食べれそうかな」

 

 おばちゃんはスパゲティーのオーダーを通して、紅茶を持ってきてお母さんの横に座ってからお母さんの前に紅茶を置いて、


「初ちゃん(お母さんは初音はつね)覚えてない三軒横に路地が有ったの」

「路地?えーとあっ、有ったわねお狐さんのいつの間にか無くなってたのねえ」

「もう三十年程前よ、路地の隣のくそ爺がわしの土地じゃっておやしろも潰しちゃって家を広げたの、そしたら祟られたんだろうね、直ぐにぽっくり逝ったわ」

「それじゃあ、、、」

「今は家と家の隙間、通れない事もないけどまあ通る人はいないね、ところがね」

 そこでおじさんがスパゲティを持って出てきた。


「おや珍しい、善繡ぜんしゅうじゃないか、大きくならんなあ」

「あんたお客さんだよ、べんちゃらぐらい言いなさいな」

「そんなこと言われて褒められても嬉しくねえだろ」

「あんた善ちゃんが狐横丁へ行ったみたいなのよ」

「おっ狐横丁か、善繡なら行けそうだ」

「どういうこと」お母さんが尋ねる。


「たまに道を聞かれるのよ、お狐さんのお社が有る道を、つい最近通りましたが見当たらなくてとか、狐横丁ってどこですかとか」

「えーと狐につままれたとか」

「どうなんだか知らないけどさ、通れる人が居る様なの」

「まあ私も通ってみたいわ、懐かしいわあ」

「そうよねえ、地蔵盆とか楽しかったねえ」

「ねえどうやったら行けるの」


 おばさんは手を振って、

「私だっていってみたいさ、善ちゃんに連れて行ってもらうかね」

「善繡どうやって行ったの」

「んー分からない」


 おばちゃんは神棚を見上げて、

「お狐様預かってるけど行けた試しなんてないわ」


 お母さんが不思議そうに「預かるって?」

「ほら神棚、もう少しで捨てられるところをがれきの中から見付けたの、酷いことするわ、祟られて地獄へ行って当り前よ」

「あらこの狐さんたちあのお狐様だったの、知らなかったわー」


 神棚に高さ五センチくらいの狐の置物が飾ってある。


「神様を粗末にするなんて、せめて場所を移せばいいものを潰して捨てちゃうってばちが当たって当たり前、救い出せたのがせめてもの償いになったかね」


(えーもうあのお店にはいけないって事?お手伝いしてって頼まれたのに)

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