第5話 思い出すこと、思い出せない事。

 朝の取り置きを食べたけれどまだ満たされない。

「お母さんもっと食べたい」

「あらあらホントによく食べる様になったわね、そう言えば少しお肉が付いてきたんじゃない、これから大きくなれますよ」


 腕を反対の手で掴んでみても皮の付いた骨を握る感じ、肉なんて全く着いてない。


「んー別にどっちでも良い、ここに居られたらそれで良い」

「何言ってるの、ここはあなたのおうちよ何時までも居たらいいのよ」

「あかあさん、、、(ありがとうって言えない)本取ってくる」


 嬉しくて照れくさくて一番奥の自分の部屋にお気に入りの絵本を取りに行く、まだ絵本離れが出来ないわたし。


 机の上にいつでも置いている<ななひきのねこ>を手に取って居間に戻る。


善繡ぜんしゅうはこのご本が好きなのね」

「うん、ちっさな猫さんがおっきなおっきなお魚を捕まえるんだよ、川に落っこちたら食べられちゃうほどおっきなお魚なんだよ」

「そうそれはすごいねえ」


 その本を読み終えると(と言っても実は飽きてきているからページをめくるだけ)お母さんが一冊の単行本を持ってきた。


「善繡これを読んでみるかい、漢字が沢山出てきて難しいかもしれないけど、ゆっくり読めば面白くなるはずよ」

 目の前に差し出されたのでとりあえず手に取る。


「風の館の物語、、、あさのあつこ」

「まあも読める様になったのね、それならきっと楽しく読めるわよ」

「うん読んでみる」

「お母さん買い物に行ってくるけど、分からない字が有ったら漢和辞典で調べられるわね」

「うーん多分、分からなかったら後で教えて」



 昨日まで絵本じゃないととても読めないと思っていたが、読んでみると意外とすんなり読むことができた、多分こう言う事かなとスルーした字もいくつも有ったが意味が通ったから読み飛ばした。


 物語の出だしが不安な感じだったので、(もっと楽しいお話を読ませてくれたら良いのに)と思いながら読んでいたら、どんどんのめり込んでいった。



(わたしのおうちと何となくうちと似ている、でもうちにはこんな怖い場所は無いもんね、(ここはお寺だから)お墓がいっぱい有るけど怖くないもんね)

 そう、私が住んでいるのはお寺のすぐ横にあるおうち、お寺にも廊下で繋がっている。

 それは私がこのお寺の家の人に養子として受け入れてもらったから。



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 何故か病院で寝たっきりの私のベッドの横に来て夫婦そろって私に声をかけ続けてくれた。


 私は意識が無かった訳ではない、ちゃんと聞こえていた。

「早く良くなってね」「目を開けて」「うちに来てね、私たちの子供になってね」「あなたは私たちの子供になったのよ、お話ししましょうね」

 とても心地よい言葉だった、起き上がって抱きしめて欲しかった。

 でも体はピクリとも動かない。


 そして二人が帰ると鬼がやってくる、鬼はそれ以前から毎日のようにやってきては私を叩いた、殴った、蹴った。

 鬼は二匹いた、もう一匹は「バケモノ」「ろくでなし」「のろま」「ばか」「死んでしまえ」沢山の罵声を浴びせた。


 毎日毎日やってきては私にダメージを与え続けた、苦しめた、いっそさっさと殺してほしかった。


 そしてその日が来た。


 わたしは体がバラバラになるほど鬼の金棒で打たれ続けた、当然夢の中だけど。

 それでも意識が無くなるほど痛みが走る、私は叫んだ「殺して、早く殺して!」すると鬼は私の首を両手で絞めた、首が千切れそうなほど強い力で締め上げられた。


(これで楽になれる)


 甘かった、死んだはずなのに、何度も何度も首を絞められ殺される、生き帰っている訳じゃない、死んでも死んでも何度も殺され続ける、まさに地獄だ、これは地獄だ。


「何故私を産んだの苦しめるため?それとも殺すために私を産んだの!」


 鬼が自分を産んだ両親だと気が付いたとき、鬼の体に雷が落ちた。二回。

 どおーーーん、どおーーーーーん。


 鬼は吹き飛んでいった、でも夢を見ていた私も限界だった、痛みは死を求めた、(もういいよ楽にして!)


 これが死ぬという事なのか、もう痛みは無くなっていた、魂が体から離れたのかふわふわ浮いていた、あとは空に昇るだけ、何が有ったか知らないがもう空へ舞い上がればこれでお仕舞い、さようならわたし。。。



 誰かが手を引いてくれる、背中の方でさらさらと聞こえていた川の音も次第に聞こえなくなった、知らぬ間に三途の川も越えていたみたいだ。

 体が軽い、薄汚れた呪いが詰まった醜い体からやっと解放されたのだ。


 私を導くのは仏様?かな。

 ふっくらとした女性、うんきっと仏様だ、見た事はないけど天の羽衣の様な衣を身に着けている。


 わたしは自分の着ている服に気が付いた。

 あれ?なにこの現世に居た時に着ていたような病院で着るような服は、そうか私は他に服を持っていなかった、ほんとに一枚も持っていなかった、必要なかったから、八年間も眠り続けていたから入院着以外必要なかったし、買ってくれる人もいなかった。(この格好で天国に行くの?なんだかなあ)


 そう思ったら左手が温かかった、私の手を引いていた女の人が私の手を両手で包んでいる。


「ぜんしゅう!」耳元で声がする。(ぜんしゅうって何?どこかで聞いた気がする)

「ぜんしゅう!目を開けて!」

「おとうさん!おとうさん!善繡の様子が」

「どうした?」

「分からないけど、いつもと違うの、お医者さんを」

「待ってろ直ぐに呼んでくる」



 周りが急に賑やかになって目を開く(あっ目が開いた)

 私の横で夢に出てきたふっくらしたおばさんが私の掌をぎゅっと握っていた。


「ぜんしゅう!気が付いた、ぜんしゅう!、、、」

 おばさんの目から涙があふれる。


(おばさんじゃない、仏様だ?いや違うかな、おかあさん?)

「おかあさん?」呼んだつもりだが声にならない。

 それでも<おかあさん>は分かったらしい。

「おかあさんですよ、あなたの母よ、、、」後は声にならない。

(お母さんか、お母さんてこんなに優しかったかな、うんお母さんてほんとは優しいんだ、仏様みたいなお母さんで良かった)


 そのあとまた眠りに入ってしまった様だ、でももう鬼はやってこなかった、すぐ傍に仏さまが居るから、わたしはやっと安心して眠る事が出来たのだ。



 退院して一年以上経ってる筈だけど、記憶力がほとんどない私。

 この一年何をやってきたのかな。。。

 お母さんとお父さんに甘えてたな、、、嘘みたいに幸せだ、私みたいな出来損ないを見捨てることなくとても優しく扱ってくれた。


 どうしてかな、ずっと小さなときは毎日叩かれて、、、だめ、思い出しちゃいけない、、、どうして?どうして思い出してしまうの。


 退院した後の事はほとんど思い出せないのに、どうしてずっと昔の事を覚えているの、私あの時死んだんだよ、心臓が止まって息もできなかった、生まれ変わったんだから昔の記憶なんていらない。


 昔の事なんて消えて無くなれ!

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