第2話 ここはどこ。

 路地に倒れこんだ私の脇をトコトコと真っ白い子猫が通り過ぎた、通り過ぎて後ろを振り返り「にゃー」と声にならない声を上げた。

(私にだけ聞こえた様な気がした)


 私が立ち上がるのを待って歩き出す。


 私が呆然と眺めているとまた振り返りもう一度同じ「にゃー」を伝えてくる、付いて来いと言ってるように。


 私は操られた様にその猫に付いていく。


 何度か角を曲がりすっかり場所も方角も分からなくなった時その猫は一軒の家のドアの中へスッと入っていった。


閉まったままのドアの中へ。

(ちょっとまってよー)


 私は途方に暮れて立ち尽くす、その家はとても小さく古そうでくすんだ黒っぽい色が不安を募らせる。


 ドアの近くまで来て気が付いた、こんな古い家なのにガラスのはまった引き戸ではなく、じゃなくて取っ手の付いた立派な玄関だった、今風の。


 その横に窓がある(あれ初めからあった?)記憶力も観察力も弱い私は今目の前に有る事を事実と受け取るしかない。


 その窓はドアと違っていかにもこの家に馴染んでいる、色の禿げた木の枠が外に飛び出していてそのガラスの内側にフラスコを上下に繋いだ様な器具が置かれていた。


(ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、いつつ)自覚はないけど私が数を数える時誰かが居たらイライラされて、とっても早く数えてくれる、「数くらいチャチャッと数えなさいよ、どん子」厭味もついて。


 五つの器具が狭い空間にピカピカに磨かれて並べてある。


「ゲッ」思わず出たみすぼらしい私にぴったりなセリフ。

 五つの器具の下に五つの私の天敵が並んでいる。


 アルコールランプ。


 最後の一年さえ満足に行けなかった小学校時代(と言ってもほんの少し前)の理科の時間、何かの実験で(私にはまったく理解不能な)アルコールランプを使った。


 初めて見るアルコールランプの炎に魅入みいって思わず炎を指でつまんだおバカな私。


「熱っ!」

「ガシャン」


アルコールランプを足元に落とした、容器からアルコールが漏れてボッと大きくなる炎に身動き出来なくなる私。


 パニックになった私に迫る炎、思わずやってしまった、失禁。


 炎はすぐ消され大した事にはならなかったが先生に叱られるわ、オシッコ消防隊長と指さされるわ、3K女(汚い、臭い、危険)からゴールデン3Kに昇格されるわ、あっという間に「おおばか者ラスゴミまい」の名は学校中に知れ渡った。

(いやきっと前からバカなうえに醜い子と言われていたに違いない)


 ラスゴミもまいも私のあだ名、いつでも(最強の)生ごみ扱いだし、道を歩けば迷子になってる。



 窓の外で凍り付く私、何分固まっていたのか分からない、窓の内側で何かが動いた、奥側に障子があってそれがスッと開かれたのだ。


 中から私が居る事に気づいた女の人が一瞬怪訝な顔をしたが、そこは商売人なのかにっこり微笑んで奥に消える、すぐに横のドアが開いて優しい笑顔で、

「どうしたの?」と尋ねられた。


 こういう時いやどんな時でもすぐに言葉の出ない私、「、、、あ、あの、あの」

「ゆっくりでいいのよ」まるで私の心を見透かして言われているみたい。


「ね、ねこが、、、」

「追いかけていた猫ちゃんがうちに入ったの」

(追いかけてた訳じゃありません)は言葉にならず「こ、こっち来いって、、、」

「猫さんに呼ばれたの、ねえちょっと中に入って」


 いきなり手を取られ家の中へ引き込まれる私、こんな時いやとも言えずされるがままになってしまう私。


(まあ優しそうな人だから、酷いことはされないだろう、どのみち殺されたって恨む相手は私を捨てた両親以外増えることはないし)


 その人は若いのかおばさんなのか私には判断できなかった、表情が変わるたびに若く見えたり中年のきれいなおばさんにも見えたりする。


(とりあえず)お姉さんは店の奥の方に行ってスケッチブックを手に戻ってきた。

「この子かな」


 見せてくれたのは鉛筆で書かれた子猫?狐の様にも見える、毛が薄く書かれているのは白い毛色だからかな、よく似ていた。


うなづいて「ま、真っ白」とだけ答える。


「そうなの、鉛筆だからグレーになってるけど真っ白なんだって」

「えっ」この人が見たことが無いような言い方に驚いた。


「私は見たことがないのよ、私には姿を見せてくれないの、なぜか訳有りのお客さんを連れて来てくれるんだけど」

「訳有り、、、」

「なくてもいいのよ、それにまだ営業時間じゃないしね」

「あ、がっこ」

 手に提げたカバンを見る。


「学校だよね、じゃあ今日の帰りに寄れるかな、学校にバレる心配はいらないから」

「お、お金ない」

「いいのいいの出世払い、学校を出てから毎日来てくれたらいいから、まあその頃まで営業できるか自信ないけど、それから名前を教えて正直にね、うその名前だったらもうここには来られない、来たくなければ言わなくてもいいのよ」


「あ、あの五來ごらい善繡ぜんしゅう

「ごらいぜんしゅう?むずかしい名前だわ」

「お寺、拾われた」


 私のつたない言葉足らずの返事にもすべてを理解して答えてくれる。


「ダメよ、拾われたなんて言っちゃあ、今のあなたの親はそんなに軽い気持ちで受け入れた訳じゃないわ、人一人育てるなんてそんなに甘っちょろいものじゃないの、ともかくこの続きは今度あなたが来た時に聞かせて、学校に遅れるわよ、ごらいぜんしゅう」


 名前を呼ばれてハッとした、この人のは、、、


(えーと)

 急に街のざわめきが耳に入ってきたかと思うと商店街の入り口に立っていた。


 とぼとぼと学校に向かっていたらポンと肩を叩かれ、

「足どうかしたの?」

 同じ制服を着たキラキラした女の子が声を掛けた来た。


「あっあの体が弱くて、、、」

「足怪我してるじゃない」

 

怪我をしていても気が付かない自分なのだ。

「あっさっき転んで、、、」

ハンカチを取り出して膝についた土を払い何処からか傷保護テープを取り出して膝に貼ってくれた、立ち上がっておでこ辺りを拭いてくれた、土が付いていたのかも。


「何か手伝える事あるかな?」

「えっとリハビリで歩かないと、、、」

「そうだった先生がそんな事言ってたね、じゃあ学校まで歩ける?」

「はい毎日歩いているから、、、」

「じゃあ私一旦家に戻って着替えないといけないから先に行くけど姿が見えなかったら探しに来るから」

 そう言うと急いで駆けて行った。


「あ、ありがとう、、、ございます」



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