005 犯人はこいつかもしれません
時刻は午後六時、そろそろ太陽が地平線に沈み始める頃だ。
「皆さんに集まって貰ったのは他でもない、今回の事件の犯人を暴く為だ」
公園に、昇太兄ぃの声が響き渡る。
「本当ですか!」
「事件って何のことブヒか?」
「あらぁ、面白そうねぇ」
集まったのは昌也君、琢人、そしてリカさんの三人だった。
「最初に、今回の事件を振り返ってみよう」
昇太兄ぃは両手を後ろに回し、歩き始めた。
「この事件は、我が妹めぐりの部屋からパンツが盗まれたというものだ」
ちょ、事情を知らない人にまで教えなくたっていいのに!
私が抗議の声を上げようとすると、馬鹿兄貴は射貫くような視線を向けてきた。邪魔するなという意味らしい。
「犯行時刻は、昨日午前八時から本日午前九時半までの間。この間に、何者かが彼女の部屋へ侵入し、タンスに収納されていたパンツ――〈ウサギさんパンツ〉を盗んだ」
うう……何この羞恥プレイ……!
「果たして犯人は誰なのか? 多くの手がかりを基に推理した結果、犯人はこの中にいるという結論に至った」
「この中に……って、誰なんですか!」
声を上げたのは昌也君だ。真っ先に犯人扱いされたのだから、真犯人が気になるのも当然だろう。
「まあ、焦らずとも。第一に、動機面から犯人を割り出してみよう」
回りくどいなぁ。まぁ、ミステリの探偵っていつもこんな感じだけどさ。
「昌也君には、当然パンツを盗む動機があったはず。その動機とは……いや、やめておこう。本人が一番よく知っているだろうから」
ここはさすがに武士の情けってやつか。他人の前で「こいつはパンツの匂い嗅いでたんですよー」なんて言われたら、昌也君が可哀想過ぎる。
「続いて琢人君。君は下着コレクターだから、妹のパンツを狙っていてもおかしくない」
「心外ブヒ! 僕はパンツを盗んだりしないブヒよ。しかも〈ウサギさんパンツ〉なんて子供向け、全然興味が無いブヒね!!」
「あくまで、可能性の問題だ」
昇太兄ぃが、「あくまで」の部分を強調した。これを聞いて琢人は、不機嫌そうに腕を組む。
「そしてリカ……さん。あなたにも動機がある」
えっ? リカさん、心は女なのに。私のパンツが欲しくなる理由なんてあるんだろうか。
「あなたは常々、めぐりに勝負パンツを勧めていた。しかし、いくら勧めても彼女は応じない。そこで彼女のパンツを盗み出し、勝負パンツを受け取らざるを得ない状況にしたかった」
何、その無茶な推測。ゴリ押しにも程がある。
「……ま、そう考えることもできるわよねぇ」
怒るかと思ったら、リカさんは案外冷静だった。大人な対応をしてくれて助かる。
「ねぇ。それだったら結局、この中の全員に動機があるってことじゃないの?」
「その通り、誰が犯人でもおかしくはない。そこで、客観的に事件を見直す必要があった」
涼しい顔で答える昇太兄ぃ。まだ続きがあるらしい。
「めぐりが下着を取り込んでからパンツの盗難が発覚するまでの間、彼女の部屋は常に『密室状態』にあった。室内が無人の時は施錠され、それ以外は彼女が部屋に居た。無人かつ施錠されていない時間もせいぜい五分程度で、この間に何者かが侵入したとは考えにくい」
それは何度も確認したはずだ。
「犯人はいかにして部屋へ入り、そして出て行ったのか。それを検証する前に、密室について触れておくのがいいだろう」
うわ、始まった。〈密室講義〉が始まるパターン。これ、結構長いんだよね……。
「日没まで時間が無いので詳細は省くが、こと密室においては『何故密室にする必要があったのか』を優先して考えなければならない」
予想に反して、昇太兄ぃは密室のパターン全種を語らなかった。日没後になると何か不都合でもあるんだろうか。
彼は公園の雑木林に背を向けて、
「その点、今回の事件では『密室にする必要は無かった』と考えるのが自然だ」
と論じた。
「どうしてかしら?」
質問したのはリカさん。段々興味が湧いてきたみたいだ。
「そもそも密室は、『犯罪が行われた事実を隠す為』または『犯人特定の妨げとする為』に創られるものだ。しかし今回は、簡単に事件が発覚しているし、部屋を密室にすることで逆に犯人の特定を容易にしてしまっている。……ねぇ、昌也君?」
名前を呼ばれて、彼の顔が青ざめた。
「昨日、めぐりの部屋に入ったのは君だけなのだよ」
部屋を密室にすることで最も疑われるのは昌也君、彼が唯一私の部屋に入った人物だからだ。
「しかるに、今回の事件において密室は『犯人が故意に創ったもの』ではなく、『偶然できてしまったもの』と考えた方が矛盾しない」
「待つブヒ。だったら、部屋に入った人間が犯人ってことになるブヒよ」
昌也君に視線が集中した。
「ま、待って下さい。外部犯の可能性があるじゃないですか!」
悲鳴同然の声。今にも自分が犯人だと断定されそうなのだから、昌也君も必死だ。
「いや、それは無い」
けれど、昇太兄ぃはバッサリ切り捨てた。
「めぐりの部屋をつぶさに観察したが、どう考えても侵入するのは不可能だ。一旦中に入り、出た後に施錠し直すこともまた
「ち、違う……」
首を横に振りながら否定する昌也君。外部犯の可能性が消えた時点で、琢人とリカさんの無実が証明されたことに気付いたんだろう。
「ぼ、僕じゃない! 第一、帰る時には何も持ってなかったじゃないですか――ねぇ、渡瀬さん!!」
「……うん。そうだよ、私ちゃんと持ち物検査したもん。昌也君は私のパンツ、持ってなかったよ」
元彼だからじゃないけど、一応は弁護しておく。
「ほら! 彼女も言ってるじゃないですか。僕は犯人じゃない!!」
「いや、君は持ち物検査の時点でパンツを持っていなかっただけだ」
昇太兄ぃの台詞には含みがある。
「君が部屋に一人でいた時間は、およそ十五分間。この間なら、パンツを外に持ち出すのは可能だったのではないかね?」
「無理でしょ。彼が家の外に出てないのは、私が保証する」
私からの反論。
「いや、彼は外に出なくともパンツを外に持ち出せたのだよ」
あっさりと言い返す昇太兄ぃ。瞳に浮かんだ自信の色は、益々濃くなっている。
「どういう意味?」
「その道具を使えば、可能なのだよ」
と言って兄貴が指さしたのは、部活帰りの昌也君が担いでいる弓だった。
「聞くところによると、君はいつもその弓を持ち歩いているそうだね。当然、昨日もめぐりの部屋に持ち込んでいたはずだ」
それは確かに。
「弓があるなら、矢も持っているのでは? 練習熱心な君の事だ、弓の手入れは欠かさないだろうし、矢も曲がっていないか点検する必要があるだろう」
昌也君の顔が蒼白になっていた。それでも首を横に振り続けている。
「いいだろう、はっきり言ってやる。君は空白の十五分間に、パンツを矢に括り付けて、部屋の窓から裏手の公園へ向けて射出し、窓を閉めた。そして家を出た後、公園へ行き、木に刺さった矢をパンツごと回収したのだ」
なるほど。それなら十五分もあれば充分だ。けれど、今昇太兄ぃが語ったのは推測でしかない。証拠がなければ、この方法でパンツを盗んだと断定できないはずだ。
「めぐり、証拠が無ければ納得できないようだね」
私の心を読んだように兄貴が言う。
「ではお見せしよう、動かぬ証拠というものを」
そう言って、昇太兄ぃは一歩右に動いた。彼が退いた事で、後ろに立っている木の幹がよく見える。
「そこに小さな穴が空いているだろう? これこそ、アーチェリーの矢で穿たれた穴ではないかね」
「違う!」
昌也君が叫んだ。
「ちなみに、この木と部屋の外にあるバルコニーとの距離を計測したところ約五十メートルだと分かった。確かアーチェリーは三十メートルの距離で競うものと、五十メートルの距離で競うものがあったはず。国体出場経験のある君なら、命中させることも出来ないわけではないだろう」
「違う、違う!」
段々、昌也君の声が大きくなる。
「いい加減、認めたらどうなんだ。往生際が悪いぞ」
「そうブヒ! パンツを盗むなんて男の風上にも置けない奴だブヒ!!」
「男の子だから、仕方ないとは思うけど……ねぇ」
一斉に疑いの目を向けられた昌也君は――ついに走り出した。
「うわぁぁぁぁぁっ!」
「逃げたブヒ!」
「追え!」
昇太兄ぃが叫んだ途端、こっちに向かって何かが飛んできた。
「危ない!」
兄貴が私に覆い被さる。見れば、後ろの木にアーチェリーの矢が刺さっていた。
危なッ!? これ、下手したら死んでるって!
「おのれ、俺のめぐりによくも……!」
昇太兄ぃが駆け出した。
「来るなぁぁぁぁっ!」
飛んでくる二本目の矢。それを昇太兄ぃは華麗に躱して――
「めぐりラブラブキィィィィック!!」
恥ずかしい技の名前を叫びながら、綺麗な跳び蹴りを放ったのだった。
夕日に吸い込まれていく彼を見て、私は。
……不覚にも格好いいと思ってしまった。
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