003 この人たちも怪しいです


 その後。

 昌也君から重要な証言を得られたので、私達は次の行動に出ていた。


「彼のクラスメイトに怪しい男が居るとはな。めぐりは『奴』を知らなかったのか?」


 知らないも何も、私と昌也君は違うクラスだし。一応噂では聞いてたけど、実際にどんな人物なのかまでは知るよしもない。


南野琢人みなみのたくとだっけ。みんなは『ぶたひと』って呼んでるらしいけど」


 私達が向かっているのは、その『ぶたひと』の家。昌也君の話だと、かの男子生徒は女性用パンツの収集が趣味だという。


 彼が住んでいるのは、駅近くの住宅街。緑の屋根の家だから、すぐにわかると昌也君は言っていた。


 炎天下の街を昇太兄ぃ(まだコートを着ている)と二人で歩いてたら、駅の方から見覚えのある人がこっちへ歩いてきた。


「あれ、リカさん」

「あらぁ、めぐりちゃん。昇太と二人でデートかしらん?」


 ぞっとするような事を言わないで欲しい。


「帰りにしては遅くないですか?」


 リカさんの問い掛けをスルーして、逆に訊く。

 この人は、平たく言えば水商売の人だ。夜明けまで働いていたとしても、今の時間帯に駅近くで見るのは不自然な気がした。


「ええ、ちょっとお客さんと揉めちゃって。あまりにも態度が悪かったから、を思い出しちゃった。そしたら警察がお店に来て……」


 と言いながら、リカさんはアゴの無精ヒゲを撫でる。

 そう、『彼女』はれっきとした男性なのだ。私ん家のお隣さんで、今は歌舞伎町のオカマバーに勤務しているらしい。唯一、私が書く小説を理解してくれる人で性格も親切だから、この人の弟よりは幾分か信用できる。


「それよりも、めぐりちゃんにプレゼントがあるの」

 リカさんはバッグから何やら取り出した。


「これを着れば、どんな男もイチコロよ」

 どこか微妙に古くさいことを言いながら見せてきたのは、レース付きの黒い下着だった。


「ほら『勝負パンツ』! 彼氏に見せるなら、こういうのを着ないとね」

「あ、あのー……」

「しかも、上下セットで買っておいたのよぉ」


 って、何であんた私のカップサイズまで知ってるんですか!?


「いや、結構です。彼氏とは」


 するとリカさんは私の言いたい事を察してくれたらしく、

「あら、ごめんなさい。私ったら……」

 心底申し訳なさそうな顔をする。


「で、でもっ。いつかきっと素敵な彼氏が現れるわよ! その時の為にも!!」


 あくまで勧めてくるんかい。まぁ、この人の『勝負パンツ買ってきてあげた』は今に始まった話じゃないけど。そういう訳で、私は丁重に断っておいた。


「……そう。やっぱり、押しつけはダメよね」

 凄く残念そうだ。この人、基本的にはいい人なんだけどなぁ。


「ところで、今からどこに行くの?」

「ええ、ちょっと調べ物を」

 下着を趣味で集めてる奴の家に行きます、なんて言えやしない。適当に誤魔化しておいて、そそくさとその場を後にした。


 リカさんの姿が見えなくなった頃、ずっと無口だった昇太兄ぃが不機嫌そうに言った。


「おぞましいものだな」


 きっと、リカさんのことだろう。昇太兄ぃにとっては嫌悪の対象らしい。私にしてみれば、男目線と女目線の両方を併せ持った存在だから色々とアドバイス貰えてありがたいんだけど。


「まったく、嫌な汗が止まらないではないか」


 それ、絶対コート着てるせいだと思うよ。




 何やかんやで到着した『ぶたひと』改め琢人の家。


 ……うわー、チャイム鳴らしたくないなぁ。家に居たらどうしよう。

 とか思ってる間に、馬鹿兄貴がチャイムのボタンを押していた。軽快な鐘の音が響いて、間もなく同い年ぐらいの男子が出てきた。


「何か用ブヒか?」


 寝ぼけたような声。身体にはたっぷりと肉が付いていて、肌は不健康に白い。髪もボサボサで、清潔感なんてあったものじゃない。


「君が南野君か」

「そうブヒ」

「実は私も女性用パンツには並ならぬ興味があってね。聞くところによれば、君はこの業界でも屈指のコレクターらしい。そこで是非、君のコレクションを拝見したいと思って参ったのだが」


 相手の懐に入り込む為の方便なんだろうけど、昇太兄ぃが言うと本気に聞こえてしまう。ていうか、『この業界』ってどんな業界なのよ。


 兄貴に持ち上げられて、琢人は気分を良くしたらしい。黄色い歯を見せて笑うと、快く迎え入れてくれた。

 そうして通されたのは、琢人の部屋。目の前に広がった光景を見て、私は絶句した。


 ――パンツ、パンツ、パンツ! 床も壁も天井も、みぃぃんなパンツ!!


 これだけパンツで埋め尽くされた部屋を、私は今までに見たことが無い。

「ほぉ、これは素晴らしい!」

 昇太兄ぃの第一声がそれだった。本気で感動しているとしたら、凄く嫌だ。


「ブヒィィ!」

 さっきの気だるげな雰囲気とは打って変わって、得意げな顔をする琢人。


「よくぞこれだけの数を集めたものだ。君は実に優秀なコレクターだな」

「僕のようなコレクターは世界にごまんといるブヒが、この国では僕が一番だと自負してるブヒ!」


 嬉しくない一番だな、オイ。


「これなんてどうブヒ? 実に扇情的ブヒィ」

 うっとりした目で彼が見つめているのは、額縁に入ったパンツ。赤地に黒のレースがあしらわれた大人っぽいデザインのもので、一見した時のインパクトが凄い。肉感的なスタイルの女性が着たら、一発で男を虜に出来そうな感じがした。


「君は、これだけの数をどうやって集めたのかね」


「小遣いをコツコツ貯めて、通販で買ったブヒ。足りない時はバイトもしたブヒが」


 すんなり答えが返ってきた。本当のことを言っているのか、あらかじめそれっぽい嘘を用意していたのか、私には判らない。


「なるほど、君は堅実な男のようだ。見たところ高価そうなものばかりだが、何かこだわりでもあるのかね」


「勿論ブヒ! アダルティなパンツこそが至上ブヒ。世の中にはパンツを『ぱんつ』などと呼ぶ輩もいるブヒが、それは『子供向けのパンツ』という意味ブヒ。代表的なのがバックプリント入りのものや、いわゆる『しまぱん』ブヒ。僕はそんな子供向けパンツに興味は無いブヒね。やっぱりパンツは、大人の魅力を前面に押し出してくれる、こういうのが――」


 握り拳を作って熱弁する琢人。ここまでパンツに対するこだわりを語られると、気持ち悪さを通り越して異次元の住人に思えてしまう。


 パンツ談義を始めた馬鹿二人を放っておいて、私は帰ることにした。

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