002 元彼が怪しいです
「あのさ、何でそんな格好してるの?」
犯人捜しをすることに決まった後、昇太兄ぃは一旦姿を消した。暫くして戻ってきたと思ったら、鹿撃ち帽とインバネスコートを身につけていたのだった。
「形から入ることが大切なのだよ、ワトソン君」
すっかりなりきってやんの。昇太兄ぃがシャーロック・ホームズで、私はワトソンって配役らしい。それはまあいいとして、何だって真夏にコート着るんだろうかこの人は。
「それではまず、昨日の行動を教えてくれ」
はいはい。
「朝八時ぐらいに下着を取り込んで――」
さっきパンツ探ししてた時の回想をそのまま伝える。
下着を取り込んだ後はひたすら執筆してたんだけど、トイレやご飯を食べる時には部屋を出てたっけ。
「トイレか。部屋を出たのは何時ごろだ?」
ちょ、いきなり雲行き怪しくなってきたんですけど!
「何でそんなこと訊くわけ?」
「重要なのだ、是非聞かせてくれ」
真剣な眼差しなので、ふざけてるのとは違うみたい。もう……しょうがないなぁ。
「ええっと……あ、そうだ。昇太兄ぃが出掛けるって部屋に言いにきたでしょ? そのすぐ後ぐらい」
確か昨日の午前中には、昇太兄ぃが出掛けるって言いに来た。今から就職先の挨拶に行ってくる、お父さんもお母さんも旅行中だから、もし出掛けるなら戸締まりをきちんとするように、って。その後、トイレ行ったついでに玄関を見た時は昇太兄ぃの靴が無かった。だから昨日のうちほとんどは、この家に私しか居なかったことになる。
「それなら、午前八時十五分ごろになるな。九時に間に合うよう、余裕を持って出掛けたのを覚えている。して、どれくらいトイレに籠もっていたのだ?」
だーかーらー!
「何でトイレにこだわるの! 関係ないでしょ!!」
「推理というのは正確な事実を知らなければ真理に辿り着けないものだ。小さな見落としがあってはならないのだよ」
そんなこと言われたらぁぁぁぁぁもぉぉぉぉぉぉうっ!
「ご、五分ぐらいかな……」
目を伏せて小声で答える。
「そうか、『小さい方』だったのだな」
いや、今の推理絶対に必要なかったでしょ!
「その時、部屋の鍵は掛けたか?」
すかさず、昇太兄ぃが確認してくる。
「ううん。だって五分ぐらいなら、誰も部屋に
「なるほど。普段から部屋に鍵を掛ける癖が付いているめぐりも、その時ばかりは施錠をしなかったという訳か」
そういうことになる。
ちなみに私の部屋のドアは片開きで、ノブの上にシリンダー錠が付いている(昇太兄ぃの侵入を防ぐ為、両親に泣いて頼んで付けて貰った)。シリンダー錠のサムターン部分(つまみ部分のこと)はドアの内側に付いているので、ドアの施錠をしようと思ったら、部屋の中からサムターン部分を捻るか、部屋の外から鍵穴に鍵を差し込んで回すかしないといけない。でもって、その鍵は常に私が持ち歩いている。昇太兄ぃが家にいる時はトイレへ行く時でも施錠するけれど、昨日は家に一人きりだったから、五分ぐらいなら大丈夫だろうと思って鍵は掛けていなかった。
「けど、ご飯を食べる時は鍵掛けてたよ。いつ昇太兄ぃが戻ってくるか分からなかったし」
「ふむ……ところで、訪問者はいなかったか?」
へぇ。次は私が自分で招き入れたパターンを考えるわけか。
「いたよ」
それが誰あろう、昌也君だったりする。彼が突然家に来たのは意外だったけど、まさかあの後、二人が別れることになろうとは。
「昌也君が来たかな、お昼ご飯の後に。部活帰りに寄りたくなったとか言って」
私と昌也君は同じ大学付属高校に通う同級生。私は帰宅部だけど、彼はアーチェリー部所属。何でも当校きっての『期待の星』らしい。去年入部したばかりなのにいきなり国体選手になっちゃって、顧問の先生からは百年に一人の逸材だと言われてる。聞けば彼のお父さんがアーチェリーのオリンピック選手だったそうで、幼い頃から英才教育を受けていたんだとか。根は真面目で練習熱心だから、そんな彼が好きになるのも時間の問題だった。
「彼が部屋に入ったのは?」
「午後一時よりちょっと後じゃないかな。お昼食べ終わってから三十分ぐらい後にチャイムが聞こえたのを覚えてる」
「おのれ、部屋で何をしていた!?」
いや、何でそこ怒るの? 「おのれ」って何に対する恨み文句!?
「な、何もしてないよー。部屋でダベってたぐらい」
「その時、彼を一人にすることはなかったか」
「あっ……た、よ」
その瞬間、嫌な記憶がフラッシュバックした。
昌也君にお茶を出そうと思ってキッチンへ降りたんだけど、部屋に戻ってきたら信じられない光景を見てしまったのだ。
その光景というのは、彼が私のパンツの匂いを嗅いでたところ。いやさ、男の子だから仕方ないかもしんないけど、直に見るとドン引きものですよ! 百年の恋も一発で覚めるってやつですわ、マジで!!
そうなるともう憎さ百倍で、いくら謝られても許す気になれなかった。で、追及するうちに段々相手が情けなく見えてきて。結局、別れ話を切り出したんだっけか。
それにしても、どうして男って奴はこんなにも女の子のパンツが好きなんだろう。よく解らない。
「では、そいつが第一容疑者だ。早速話を聞いてみよう」
どこか恨みがましい声で、昇太兄ぃはそう言ったのだった。
所変わって、昇太兄ぃの部屋。
窓のブラインドが下ろされ、室内の照明は卓上のライトスタンドだけ。薄暗い部屋の窓際に座らされているのは、昌也君だった。
「な、何なんですか。いきなり呼び出しておいて、こんなところに閉じこめるとか! 僕、昼から部活があるんですけど!!」
昌也君は昇太兄ぃに訴えた。
「取調べだ。君の発言は全て記録化する。なお、君には供述を拒否する権利は無いと思いたまえ」
「いや、だから! そもそもあなた誰なんですか、渡瀬さんとどんな関係があるって言うんですか!!」
「見たところ、君は真面目な学生のようだ。制服を着崩していないし、髪も無駄にいじってはいない」
昌也君の問い掛けに答えないで、昇太兄ぃは一方的に語り始めた。
「半年間の交際にも関わらず、彼女を『さん付け』で呼んでいるところからも、君達は健全な関係を貫いていたのだろうね」
まぁ、そうなんだけど。彼は部活熱心な学生である反面、女の子には奥手なところがある。アーチェリーの弓をいつも肌身離さず持ち歩いているくせに、私と手を繋ごうとさえしなかった。そこがまた可愛いから付き合っていたのだけれど。
「しかしな、やはり君も男だ。溜まりに溜まった欲望を何らかの形で解消したかった」
「意味が解らないんですけど……」
「よかろう。ならば単刀直入に訊くが、君は昨日、めぐりの部屋で何をしていた?」
その時、昌也君の顔が強張った。
「そ、それは」
こっちに向かってすがるような目を向けてくる。居たたまれなくなったので、私はぷいと視線を外した。
「正直に言ったほうが身の為だよ。でないと、君のご両親が泣く事になる」
と言って、昇太兄ぃは古い刑事ドラマの某係長よろしくブラインドに指を掛ける。外が夕焼けだったら絵になったかもしれないけど、あいにく今は午前十時半。眩しい太陽の光が差し込むだけだった。
昌也君はすっかり意気消沈してしまったみたいで、下を向いたまま黙ってる。それに業を煮やしたのか、昇太兄ぃは溜息を吐くのだった。
「いいかね、君のしたことは男として当然の行為だ。何も恥じる必要はないのだよ」
いや、恥じてよ。
「好きな女の子の部屋に来たならば、下着に興味が湧くというものだ。私にだって経験はある」
そして迷探偵は、昌也君の横に並ぶと小声で尋ねた。
「どうだった? 匂いを嗅いだのだろう」
はっきり聞こえてるし!
「……いい、匂いでした」
でもって答えてるし!
「そうか。君とはいい友達になれそうだ」
そう言って、昇太兄ぃは手を差し出した。昌也君は怪訝そうな顔をしながらも、しっかりと手を握り返す。変なところで友情が芽生えたらしい。
「すみませんでした。有頂天になって、つい」
そうかそうか、といった感じで昇太兄ぃが頷いた。
「つまりこうかね。君は一人になったことで、これは好機だと考えタンスを開けた」
頷く昌也君。
「タンスを開けた時、君は目の前に花畑が広がっているような錯覚を覚えたことだろう。何せそこには、好きな女の子のパンツが敷き詰められていたのだから」
更に頷く昌也君。
「色とりどりの『花畑』から、君は一枚の『花』を摘み取った。きっと、ひときわ眩しく見えたのだろうね」
……あのー、段々意味不明になってきてるんですけど。
「美しい『花』から漂ってくる香り、君はそれを確かめてみたくなったはずだ。そして君は匂いを嗅ぎ、それだけでは飽きたらず――」
「やめいっ!」
さすがに耐えきれなくなって、私は昇太兄ぃの推理(妄想?)に割り込んだ。
「あのね、確かに昌也君は私のパンツを嗅いでたかもしれない。だけど、持って帰ってはいないよ」
「何故そう言える?」
きらりと目を光らせる迷探偵、いやアホ探偵。
「昇太兄ぃみたいに、持ち物検査したもん」
兄貴のやることが馬鹿馬鹿しくて言わなかったけど、実はそういうことなのだ。
「彼が盗んだんなら、持ってたはずだけどね」
「そうか……ふむ」
悪びれもせず、昇太兄ぃは何やら考え込む。暫くして、彼は爽やかな笑みを昌也君に向けたのだった。
「おめでとう、君の容疑は晴れた」
私の気は全然晴れてませんってば。
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