私のパンツを盗んだ犯人はこの野郎でした

庵(いおり)

001 犯人はこいつです


 私のパンツが盗まれた。



 え、嘘、何で!? 昨日の朝、ちゃんとタンスに入れたのに!

 ……いやいや、落ち着け私。昨日の行動を振り返ってみるのよ。


 まず、下着を干したのが一昨日おとといの夜。で、バルコニーに干してたのを取り込んだのが昨日の朝八時ごろ。その後は自分の部屋のタンスに入れたから、誰かが侵入してこない限り盗まれるはず無いんだけど。


 百歩譲って誰かが私の部屋に侵入したとしよう。すると妙なことになる。だって私は昨日、夏休みなのをいいことに二階の部屋で一日中執筆してたんだから。


「どうした、めぐり?」


 後ろから声を掛けられた。


「んー、パンツ盗まれたかもしんない」

 振り返らずに答えると、声の主は深刻そうに言う。


「それは一大事いちだいじだ」


 そうそう、一大事っていうか大事件。十六歳乙女のパンツは宝石にも匹敵する価値があるのだ。それが盗まれたんだから、某インターポールの〈銭〉が付く警部を呼んでもいいぐらい。もっとも、かの大怪盗の三代目が犯人なら、私がシャワー行ってる間に盗むなんて楽勝だろうけど。今こうしてバスタオルを身体に巻いてるものの、これを解くのと同じぐらい簡単に盗めてしまうに違いない。


「警察に通報した方がいいんじゃないか?」


「やだよー、恥ずかしいもん」

 と、そこでようやく気付いた。さっきから私の独り言に割り込んでくるこの声、普段から聴き慣れてる声だ。


昇太兄しょうたにぃ、勝手に入ってくるなっていつも言ってるでしょっ!」

 振り向きざまに怒鳴りつけてやる。女子の部屋に無断で入るとかデリカシーなさ過ぎ。


 そりゃ、昇太兄ぃは誰もが認めるイケメンだよ。目鼻立ちは整ってるし、髪型もお洒落で小ざっぱりしてる。それに背が高くて脚も長いから、黙ってれば誰だって「いいな……」なんて思ってしまいそう。イケメンなら何をしても許される、それはこの世の定説だ。だけどもあくまで、『普通のイケメン』であることが前提となる。その点、昇太兄ぃは残念なことに


 変態なんだよね。


 どんだけ変態かって言うと、女の子のパンツを平気でかぶるぐらい。実際、今もバックプリントが入ったパンツを顔に被せて、なんだか仮面ライダーみたいになって……る?


「って、それぇぇぇぇ!?」

 彼が被ってたのは、まごうことなき私のパンツだった。




 あの後、私は昇太兄ぃを速攻で追い出して着替えを済ませた。で、廊下に出てみたら神妙そうな顔した彼が廊下で正座していたのだった。


「すまない、つい出来心で」

 みっともなく正座したまま、昇太兄ぃは弁解する。


「『出来心で』じゃないよ、もう!」


 両手を腰に当てて糾弾する私。すると昇太兄ぃは捨てられた子犬みたいな目をして、

「許してくれ、この通りだ」

と泣き付いてくる。


「ダメ! だって全然反省してないもん」

「反省はしている。申し訳ない」


 その口を塞いでやろうか。というか既に、パンツを顔に被せてるせいで口塞がってるんだけど。


「とにかく、わけを聞いてくれ。話せばわかる」

「嫌!」

「少しでいいから」

「黙れ!」

「……」

「スーハーするなっ!」


 うっだぁぁぁぁぁぁ、この馬鹿兄貴はッ!


 頭抱えて身悶えしてたら、ふとあることに気付いた。昇太兄ぃが座っているせいで、彼の被っているパンツのバックプリントがよく見える。そこに描かれてたのは、ファンシーなクマさんだった。


「あれ? そのパンツ、盗まれたのと違う……」


 盗まれた私のパンツは、ウサギさんのバックプリントが入った〈ウサギさんパンツ〉。友達は子供っぽいって笑うけど、私にとっては一番のお気に入りだ。


「だから言ったじゃないか。俺は犯人じゃない」


 うん、〈クマさんパンツ〉を盗んだ犯人ではあるんだけどね。まあいいや。よくないけど。


「どうせ、もう一枚隠し持ってるんでしょ? 早く返してよ」


 手を出すと、昇太兄ぃは首を横に振った。


「いや、本当に違う。俺が持ってるのはこれだけだ」

「嘘、信用できない」


 あんまり想像したくないけど、履いてる可能性だってあるわけだし。


「いいだろう……ならば確かめてみるがいい!」


 何故か強気な口調で、昇太兄ぃは服を脱ぎ始めた。ライトブルーのシャツを一枚、次は黒のタンクトップを一枚、その後はジーンズのベルトに手を掛けて――


「ちょちょちょちょ待ったぁぁぁぁっ!」


 さすがの私も顔を真っ赤にして目を背ける。


「どこを向いている。ほら、しっかり見るんだ。兄が無実だという証拠をな!」


 昇太兄ぃ、やけに声が生き生きしてるよ!


「や、やだ……」

 とは言うものの、彼の引き締まった身体には興味があったりする。大したスポーツもしていないくせに運動神経は抜群だし、すらりとした体つきは執筆の際の参考にもなるわけで。


 ちらりと横目で見てみる。


「どうだ」


 ……はい、ごめんなさい。ビキニパンツじゃ隠しようがないよね、一部盛り上がったところは探す気にもなれません。


「わかった。もういい、信用するから」


 ぷしゅーと空気が抜けた風船みたいになりながら、私は昇太兄ぃに服を着るよう促す。

 少しの間、衣擦れの音だけが廊下に響いた。


「ところで」


 改まって昇太兄ぃが口を開いた。


「タダで許して貰うのも虫が良い話だ。そこで提案なんだが」

「何?」

「俺が犯人捜しをするというのはどうだろう? めぐりにとって損は無いはずだが」


 悪い話じゃあない。警察に被害届を出すのも恥ずかしいし、内々うちうちで解決できれば近所で変な噂を立てられずに済みそう。それに何より、私は昇太兄ぃの頭脳にちょっとだけ期待していた。


 というのも、彼は一流大学の四年生で、既に近所の大手不動産会社に就職することが決まってるからだ。きっと、有能さを買われた結果だろう。変態であることを除けば、昇太兄ぃのスペックは小説の最強ヒーロー顔負けな完璧さを誇るのだ。


「けどさ、そんな探偵の真似事できるの?」


 頭がいいことと優れた探偵であることは別もの。ロンドン出身の名探偵に言わせれば推理は知識・経験・観察力・記憶力を総動員した上で論理的に考え、そして結論を導き出すものだそうだ。あらゆる可能性を想定して、捜査しながら無数の可能性を一つずつ消していき、最後に行き着いたのが真理。こうした作業の繰り返しこそが推理に他ならないという。


「そうだな……」


 昇太兄ぃは、細いアゴに手を当てて何やら考え込んだ。


「お前は半年前から交際している男がいたようだな。だがその彼氏とは、つい最近に別れているはずだ。さしずめ、昨日別れたばかりではないだろうか?」


 ――え、何でそれを!? 私、昇太兄ぃにだけは絶対教えないでおこうと思ってたのに!


 私が驚いていると、昇太兄ぃは得意げに語り始めたのだった。


「先程お前の部屋に入った時、〈オレンジページ〉を見掛けたのだよ。背表紙に発行日が書いてあってな、一番古いのが半年前のもの。一番新しいのが六日前、つまり今年八月二日のものだった」


〈オレンジページ〉は、毎月二日と十七日に発売される隔週刊誌。大抵どこの書店でも見掛ける料理雑誌で、愛読している料理好き女子も多いのだとか。


「その〈オレンジページ〉が紐で括られていたのは、お前がもう不要だと感じて捨てる準備をしていたからだ。よって、料理の苦手なお前が半年前から彼氏の為に料理修行を始めたことと、ごく最近に料理を作る相手――すなわち彼氏がいなくなったことを推理できる訳だ」


「で、でも。彼氏に限定しなくてもいいじゃない。お父さんに料理を作ってあげようって思ったかもしんないし」


 取り繕う私。けれどその実、昇太兄ぃの推理は大正解だった。


「ならば逆に問うが、昨日までストレートのロングヘアだったお前が、今日になって以前と同じサイドテールに戻っているのは何故だ?」

「う……!」


 だってさ、昌也まさや君(←元彼です)がロング好きだって言うから。でもがあった後じゃ、彼の好みに合わせる必要もないって思ったし。それで今日サイドテールに戻したんだけど……あ、そうか。だから昨日って断定できたんだ。


 なるほどね、見るところは見てるのか。ちょっと見直しちゃったよ。


「ふーん、なかなかじゃない」


 昌也君と別れたことをほじくり出されたのは少し嫌だったけど、別れた男のことでくよくよしてても仕方ない。それよりも、昇太兄ぃの推理力が今は頼もしく思えた。


「よしっ、だったら犯人捜してくれる? 汚名返上ってことで」

「承知した」


 得意げな笑み。その顔はまるで、偉大な名探偵の魂が降臨したようだった。


「でもね、その前に」


 大事なことを忘れる前に、私は昇太兄ぃに向かって手を出した。


「かぶってるパンツ、そろそろ返して」

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