ACT10
彼女が入っていったのはトイレではなく、廊下のとっつきの『機械室』とプレートの出た扉だった。
辺りを見回し、中に入る。
深呼吸を二・三度して、俺も後に続いた。
内部は思ったより広い。
何やらパイプがジャングルにのたくっている蔦やら、アナコンダやらの如く、そこらじゅうに這いまわっている。
俺は昔みた、ゾンビの出てくるホラー映画を思い出した。
薄明りの中、低いモーターの音が聞こえた。
俺は足を忍ばせて(それでも十分に響いているが)、その薄闇の中を歩いて行った。
すると、警備員か監視員が、機械の制御をする部屋があり、その中に、あの
菅野ミツ子の姿を見つけた。
彼女は誰もいない部屋に一つだけある事務机の前に坐り、机の上に小型のリモコン装置のようなものを置いて、今まさにスイッチを入れようとしている。
『よし!そのまま手をあげろ!』
俺はわざとドスを利かせた声を張り上げる。
『君がやろうとしていることは分かっている。だが、幾ら押しても無駄だぜ。昨日君が仕掛けた爆弾は俺が後で起爆装置は外しておいた』
俺はそう言って拳銃の銃口を彼女に向けたままリモコン装置を取り上げ、片手でライセンスとバッジを示した。
『こう見えても俺は自衛隊にいたんだ。爆弾処理だって基礎訓練くらいは受けている・・・・・菅野ミツ子さん。いや、新井ミツ子さんと言った方が正しいかな?』
2年前、北アルプスで起きた遭難事故の救助で、陸上自衛隊の隊員20名が救助に当たった。結局遭難者は全員無事に助かったものの、4名の隊員が雪崩に巻き込まれて殉職したというのは、既に分かっていた通りだ。
その4名のうちの一人、新井陸士長に妹がいた。
名前を『ミツ子』・・・・そう、ここにいる彼女である。
『新井陸士長と君は7歳ほど年齢(とし)が離れていた。両親に早く死に別れ、二人きりの兄妹だった君は、陸士長に死に別れた後、遠縁の叔父にあたる菅野家の養女となった・・・・・』俺は拳銃をしまうと、ゆっくりと話し始めた。
ええ?
(短時間でよくもまあそう都合よく調べがついたもんだな)だって?
俺を誰だと思ってるんだ?
これでも探偵だぜ?
調べるだけのことを調べないと、まともに飯は喰っちゃいけないからな。
『その通りです』
俺が喋るだけのことを喋ると、ミツ子は悪びれもせずに頷いた。
『貴方も自衛隊の御出身だったら分かるでしょう?いえ、兄の殉職についてじゃありません。兄は責任感の強い人でした。そして自分の職務に誇りを持っていたんです。その兄に向って世間が投げかけたあの言葉・・・・特にあの女の言葉が今でも忘れられません』
学校を出ると、彼女は友人のつてを頼ってケイトの事務所に付け人として雇われた。
別にタレントなんかになるつもりはなかった。復讐が出来ればいい。ただその一念だった。
『分かる・・・・と言いたいところだがな。生憎俺は私立探偵だ。『元」自衛官に過ぎん。君がどう思おうと、俺はケイトに雇われてるんだ。それだけだよ』
彼女はまた何か言おうとしたが、それ以上は言葉が出てこなかった。
その後はどうなったかって?
俺はミツ子を警備に引き渡し、警察に連絡をした。
当然ながら彼女は逮捕され、起訴もされたらしい。
ケイトは・・・・・相変わらずだな。
宇宙人は宇宙人だ。
能天気な発言をあちこちでばらまいて、ますます人気を博している。
もっとも、あんなのでなければ、芸能界みたいな世界では生き延びてはいられないんだろうが・・・・・
俺はもう一度、右の眉の上を撫でた。
小学六年の時、父親が平和団体の幹部をしていた同級生と自衛隊の事で喧嘩になり、俺は奴に石をぶつけられ、傷を負った。
俺の味方は一人もいなかった。
教師も、同級生も、勿論向こうの親も・・・・自衛官だった俺の親父は、学校に呼び出されて父子で吊るし上げを食っての帰途、黙って俺の頭を撫でた。
『耐えろよ・・・・』低い声でそう言っただけだった。
(あの夢、今晩も見そうだな・・・・)俺は思った。
終わり
*)この作品はフィクションであり、登場人物その他全ては作者の想像の産物であります。
無邪気な宇宙人。 冷門 風之助 @yamato2673nippon
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