ACT9
2月の終わり、ケイトは神奈川県の横須賀でライブコンサートを開くことになった。
会場はJR横須賀中央駅から車で30分ほど行ったところにあるホールだ。
ファンクラブ会員限定の、本当に秘密のライブというやつだ。
彼女が、事務所を通じて突如『限定千名』ということで開催を発表した。
しかもたった2週間前である。
気まぐれもいいところだが、それが宇宙人の宇宙人たる所以なのかもしれない。 そして明日からのコンサートに備え、先乗りしてきたスタッフが会場の設営に忙しい。
その中にどうしたものか、彼女の付き人をしているという、あの地味な服装と顔立ちの、
『菅原ミツ子、21歳』の姿があった。
マネージャーやプロデューサーが、会場の下見にくることはよくある。
しかし、彼女はただの付け人だ。
その付け人がたった一人で、しかも何だか知らないが大きな荷物を抱えてやってくるなんてあるだろうか?
彼女はホールの通用口にいた警備員に通門証らしきものを見せると、そのまま難なく中へ入っていった。
少しばかり間を置き、俺もライセンスを見せると中へ入った。
ホールの一番奥、恐らく2週間後、彼女の楽屋に設定されるであろう、八畳ほどの広さの部屋に、彼女は歩いてゆく。
建物自体はさほど広くはないが、誰もいないこうした場所は、妙に薄暗くそして昼間とはいえ不気味な感じを覚える。
彼女はドアを開ける前に、辺りを見回して、それから受付で借りた鍵を使って開けると、中へと入っていった。
俺は柱の陰から、じっとドアへ視線を向け続けていた。
凡そ10分ほど経ったろうか?
ミツ子は入ってきた時と同じように、あの大きなバッグを下げて、まったく疑われないような自然な態度で出てくると、そのまま通用口の方に向かって歩いて行った。
二週間後、ホールの前は限定千名の会員が集まっていた。
こうした限られた観客の前だけでパフォーマンスを披露するのも、彼女の売りなのだろう。
集まった連中は、彼女の熱狂的ファンばかりなのだろう。
今回は流石に主催者も警戒しているみたいだ。
入口には制服姿の警備員がいつもより増員して配置されており、
手荷物チェックも念入りに行われている。
ホールの内部も、私服の警備員たちがあちこちにイヤホンを耳に嵌めて立っている。
マネージャー氏によれば、建物内も
『隅から隅まで調べた』と胸を張っていた。
ケイトは開演のきっかり2時間前に楽屋入りした。
俺も仕事柄張り付いていたかったが、幾ら宇宙人というほどであっても、女の子である。
男の俺が着替えの現場まで覗くわけにもゆくまい。
彼女の側にはマネージャー氏、そして付け人の菅原ミツ子と、もう一人の新人の付け人が同行している。
と、ちょうど開演1時間前になった頃、
ミツ子が楽屋から出てきた。
『トイレかい?』
外にいた俺が声をかける。
彼女は無表情で、
『ええ』と軽く答え、速足で廊下を歩いていった。
だが、彼女の行く先はトイレではなかった。
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