ACT8

『お前さんも探偵で飯を喰ってるくらいだ。おまけに元自衛官・・・・あのニュースを知らんとはいわさんぜ』


 馬さんは十分に焼けたロースを、再び二枚重ねて口に運びながら、ビールを煽ってから言った。


『あのニュース?』


 数枚の書類の束を、クリップで止めたものを、マジシャンのように取り出すと、俺の前に差し出した。


『・・・・こいつは?』


『某新聞社のデーターベースにハッキングして漁ったネタだ。当たり前だがこれも・・・・』


『別勘定だっていうんだろ?』


 今から2年ほど前の冬、北アルプスで遭難事故が起きた。


 2つのパーティ、合計16人が遭難したのである。


 警察や消防、或いは地元のボランティアも捜索隊を出したが、一番大人数を割いたのは、地元の駐屯地所属の陸上自衛隊であった。


 何しろ冬山での過酷な訓練は彼らのもっとも得意とするところであったから、県知事からの要請での出動となったのだが、これに噛みついたのがマスコミであり、また地元出身の野党議員達だった。


 要するに『県知事は与党の支援を受けている保守派だから、内閣にへつらうために必要もないのに自衛隊の出動を要請したのだろう!』と騒ぎ、マスコミがそれにのっかった。


 結局、遭難したパーティーは全員無事に救出されたのであるが、救出に向かった救助隊、特に自衛隊の隊員が4名、途中で起きた雪崩に巻き込まれて殉職している。


 それに追い打ちをかけるようにメディアでは大騒ぎ。


 喧々諤々の議論が飛び交った。


 その時に発言したのが、件のケイト嬢である。


 ある『お昼のワイドショー』にコメンテーターとして出演していたのだが、


 普段彼女は特別自衛隊に関して何か関心があったわけでもなかったのに、その時

だけは、


『自衛隊って、特殊訓練を受けてるのに、救助に出かけて何の役にも立たなかったじゃない?これじゃ何のために出動したのかわかんないわ』


 この一言がネットやら雑誌やらで取り上げられ、右からは叩かれ、左からは称賛されという有様で、一時彼女はトークショーなどで散々持て囃された。


 普通ならばそんなに叩かれたりすれば、恐れ入って『ごめんなさい』くらいは言ってしまうところなのだが、彼女は、


(私は思ったままのことを発言しただけよ。)って、それしか言わなかったから、結局あっち側の連中に持て囃された。


でも彼女自身は別に思想的なものでそんな発言をしたわけじゃない。


本当に自分の思ったことを口にしただけなんだな。


だから幾ら叩かれても、本当に気にもしなかった。


その態度が逆に受けて、今ではあの通りの大人気だ。



俺は馬さんの話を一通り聞き終わると、黙ってテーブルの上に金を置いた。


『ありがとよ』


 彼は黙ってジョッキを持ち上げ、俺に挨拶した。


 勘定を済ませると、外はもう真っ暗だった。


 春になっているとはいえ、やっぱりまだ寒い。


 兎に角、これで手掛かりは掴んだ。


 後は俺一人の仕事だ。


 馬さんの呑み喰い分だけでも、元をとらにゃな。


 


 



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