ACT3

『脅迫?』


『ええ、1か月ほど前から、彼女のところに「お前の発言は許せん。殺してやる」という手紙が舞い込むようになりまして・・・・ほかにも彼女のブログやツイッターにも非難や罵倒の書き込みが相次ぎまして』


 夏井弁護士はポケットからハンカチを取り出すと額の汗を拭った。


『要するに今流行りの「炎上」という奴ですか?』

 

 俺が訊ねると、彼は唾を飲みこんで首を縦に振った。


『で、何を書いたんです?』


『分からんのです』


『え?』


『何しろ彼女、ツイッターも毎日更新してますし、ブログも少ない時で8回は書き込みしてますからね。それも多方面に渡って色んな事について・・・・テレビのトーク番組での発言も同じです。一体いつ、どこの発言だったのか、皆目分からんのです』


 現代に生きているというのに、ネット社会については殆ど無知に等しい俺だから、彼の言葉はまるで宇宙人と喋っているようにしか聞こえない。



(この弁護士にしてこれだ。「宇宙人」を自称してる彼女と喋るのは至難の業かもしれんな)


 俺は心の中で呟いた。


『で、私に何をして欲しいとおっしゃるんですか?』俺の言葉に、夏井弁護士は縋るような目つきで、


『お願いします。彼女を守ってやってください。それと、出来ればその犯人を突き止めて、警察に突き出してください!』

 そして最後はお決まりのセリフ、


『お金は幾らでも払います』ときた。


『料金は規定通りの額をお支払い頂ければそれで結構です。その前に兎に角当のご本人・・・・ケイト・カワサキさんですか。その方にお会いしてみないことには』


『分かりました。彼女、今日は都内でトークライブを行っている筈です』


 今度新曲を発表するとかで、そのお披露目も兼ねてのものだそうだ。



 彼は自分の車で送ろうといって、


『今車を出してくるからちょっと待ってくれ』といって、そそくさと出て行った。


 本当なら断って、自分の足で行きたいところなのだが、最近どうも歳のせいかどうか、地理オンチなことが時々ある。


 東京の道は複雑である。


 それならば意地を張らずに連れて行って貰った方が遥かにましというものだ。


 まして、今回のトークライブ、限定20人という小規模だそうだから、会場もそれほど大きくない

 

 待つほどのこともなく、正面なった。関に夏井弁護士の車が横付けになった。


 こんな大きな会社の弁護士なんだから、てっきり外車かと思っていたが、何の事はない。

 国産のどこにでもあるメーカーのハイブリッド車だった。


 ハンドルを握っている間、彼は押し黙ったままであった。


 カー・コンポからは、昨日発売されたばかりという彼女のセカンドアルバムの曲が流れている。


 まるで関心もないという調子で、俺が外を眺めていると、

『音楽は嫌いですか?』


 おどおどした口調で俺に訊ねてきた。


『いや、別に』


 そっけなく答えると、彼はスイッチを切ろうとする。


『それには及ばないよ。依頼人になるかもしれんからな。知っておくのも悪かない』


 俺はそう言ってウインドの外を眺めながら、何だか賑やかな音楽を聴いていた。






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