第7話

「明日香さん、結局、亜依ちゃんの居場所は分からなかったですね」

 辻田さんも、亜依ちゃんが今どこに居るのかは、まったく分からないということだった。辻田さんに、亜依ちゃんの実家の住所と電話番号を聞いて、電話をしてみたのだが、亜依ちゃんは帰っていないみたいだった。

 電話には亜依ちゃんの母親が出たのだが、母親の電話での様子からは、亜依ちゃんが行方不明ということや殺人事件のことは、まったく知らないみたいだった。

 僕も、詳細は話さずに電話を切った。しかし、このままでは、いずれ警察が亜依ちゃんの実家に行くかもしれない。

「とりあえず、事務所に戻りましょうか」

 と、明日香さんが言った。

 僕たちは、辻田製作所を後にした。


 事務所に帰ってきて、しばらく経った頃、探偵事務所の電話が鳴った。電話をかけてきたのは、鞘師警部だった。

「明日香ちゃんか、実は先ほど連絡があってね。甲斐田さんが見付かって、任意で取り調べを受けているようなんだ」

「甲斐田さんは、なんと言っているんでしょうか?」

「まだ詳しいことは分からないんだが、犯行は否定しているようだな。明日にでも、もう一度連絡をするよ」

「分かりました。鞘師警部、ありがとうございます。私たちは、清水さんのアパートと会社に行ってみたのですが、どちらにも居ませんでした。隣人や会社の社長さんの話から、昨日のお昼から出掛けていって、まだ帰ってきていないみたいです」

「そうか、分かった。それじゃあ明日の朝、なるべく早くそちらに行くよ」

「分かりました、お待ちしています」

 明日香さんは、電話を切った。


 翌日――


 僕は、少し早めに探偵事務所に出勤してきた。明日香さんも、既に事務所の方に下りてきていた。

 そして8時ちょうどに、鞘師警部がやってきた。

「明日香ちゃん、明宏君、おはよう」

「鞘師警部、おはようございます」

 と、僕と明日香さんは、口を揃えて言った。

「すぐに、コーヒーでも入れますね」

 と、明日香さんが言った。


「さっそくだが、昨日も電話で話したと思うが、甲斐田さんは犯行を否認しているそうだ」

「甲斐田さんは、どこに居たんですか?」

 と、僕は聞いた。

「箱根の旅館で、温泉に入っていたようだな。テレビのニュースも新聞も見ていなくて、事件のことは警察に聞くまで知らなかったと言っているようだ」

「甲斐田さんは、一人だったんですか?」

「いや、若い女性と二人だったようだ。現場にあった写真に、甲斐田さんと一緒に写っていた女性だ」

 あの写真か。つまり、不倫旅行ということか。

「コンビニの防犯カメラの映像によって、少し早めにアパートに到着していたことが分かったということは、君たちにも話したが、甲斐田さんはアパートの駐車場で電話をかけていたようだ。そして電話を終えてから、まっすぐ西川さんの部屋に行ったそうだ」

「どこに、電話をかけていたんでしょうか?」

 と、明日香さんが聞いた。

「その女性に、電話をかけていたようだ。通話記録を調べた結果、電話をかけていたのは間違いないようだ。女性の方も、間違いなく電話で話していたと言っている。しかし捜査本部では、携帯電話を通話状態にしたまま犯行に及んだ可能性も考えているようだな」

「電話で話しながら、刺したっていうことですか? それって、無理がありませんか?」

 と、僕は言った。

「そうだな。この前も話したように、ブルーシートの件もあるから、電話で話しながら、そこまでできるのかは疑問だがな」

「鞘師警部、甲斐田さんは、今は?」

 と、明日香さんが聞いた。

「任意ということもあって、物証も何もないし、今は帰らされたようだが、見張りはつけているだろう」

「そうですか。鞘師警部、ありがとうございます」


「君たちの方の話も、詳しく聞かせてくれるかい?」

 と、鞘師警部が言った。

「はい」

 僕たちは、昨日のことを、鞘師警部に話した。

「なるほど、そういうことか。確かに明日香ちゃんの言う通り、郵便物のことは気になるな」

「はい。私には、清水さんが郵便が届くのを待っていたとしか思えないんです。実際に、その郵便物を持ったまま出掛けていますから」

 と、明日香さんが言った。

「その郵便物が、誰から送られてきたもので、中身はなんだったのか――」

 明日香さんと鞘師警部は、郵便物のことが気になって仕方がないみたいだ。

「でも、明日香さん。郵便が届くのを廊下で待っていたということは、あの日に配達されるって事前に分かっていたっていうことですよね?」

 と、僕は言った。

「そういうことになるわね」

 と、明日香さんは頷いた。

「亜依ちゃんは、どうしてそれが分かったんでしょうか?」

「事前に、その日に届くように送りますって、差出人に言われていたということかしら?」

「そうですね。自分で出したんでもない限り、いつ届くのかなんて分からないですもんね」

 まあ、自分で自分に郵便を出す人なんて、いるわけがないけれど。

「――明宏君、今なんて言った?」

 しばらく沈黙した後、明日香さんが言った。

「えっ?」

「もう一度言って!」

「えっ? は、はい。自分で出したんでもない限り、いつ届くのかなんて分からないって――」

「そうか。あの、コンビニの前に――」

 明日香さんは、何かぶつぶつ呟いている。

「どうやら、明日香ちゃんが何か気付いたようだな」

 と、鞘師警部が言った。

「明宏君、今から現場に行ってみましょう。ちょっと、確認したいことがあるの」

「現場にですか?」

「ええ、正確には、現場の近くのコンビニだけどね」

「分かりました」

 と、僕は頷いた。

「それじゃあ、私も一緒に行こう」

「鞘師警部、いいんですか?」

「ああ、真田さなだ課長には、君たちにできる限り協力をするように言われているからね」

 真田課長は、明日香さんのことを、とても気に入っているのだ。

「それじゃあ、行きましょうか」

 と、明日香さんが言った。


 僕たちは、事件のあった日以来、三日振りに現場(の近くのコンビニ)にやって来た。

 鞘師警部の車が、コンビニの駐車場で停まった。僕は車を降りると、コンビニに向かった。

「明日香さん、コンビニで何をするんですか?」

 と、僕は聞いた。

 まさか、買い物をするわけでもないし。

「明日香さん?」

 あれ? 明日香さんが、いない。鞘師警部も、いない。どこに行ったんだ?

 僕が後ろを振り返ると、明日香さんと鞘師警部は、郵便ポストのところにいた。

 あんなところで、何をやっているんだろう? 僕も急いで、郵便ポストのところに駆けつけた。


「このポストに回収しに来る時間は、午前10時15分と午後2時45分の2回ですね」

 と、明日香さんが言った。

「なるほど。この時間帯なら、明日香ちゃんの言ったことは可能だな」

 と、鞘師警部が頷いた。

「えっ? 何が、可能なんですか?」

 と、僕は聞いた。

「清水さんは、このポストに自分で郵便物を投函したのよ。自宅に宛ててね」

 と、明日香さんが言った。

「どういうことですか?」

「明宏君、あの日のことを思い出してみて。私たちは、山元さんの部屋の中で、写真を見付けたでしょう? きっとあの中に、清水さんの写真もあったのよ」

「亜依ちゃんの写真が!? そんな、まさか……」

 だって、あの部屋にあった写真って、脅しのネタに使うような写真ばかりだった。

 ということは――

「私たちが山元さんの部屋から出ると、清水さんはトイレに行きたいと言って、一人でこのコンビニに入ったわ」

 と、明日香さんは、コンビニの店舗を指差した。

「そうか。清水亜依さんは、このコンビニで切手を買って、このポストに自分で投函したんだな」

 と、鞘師警部が言った。

「鞘師警部、コンビニの店員さんにこの写真を見せて、清水さんが切手を買ったか、聞いてきてもらえますか?」

 明日香さんは、辻田さんから預かった亜依ちゃんの写真を、鞘師警部に渡した。

「さすが明日香ちゃん、準備がいいな」

 まあ、僕たちが聞くよりも、警察官である鞘師警部が聞いた方が、確実に教えてもらえるだろう。


 数分後、鞘師警部がコンビニから出てきた。

「鞘師警部、どうでしたか?」

 と、明日香さんが聞いた。

「ああ、明日香ちゃんの推理通りだ。ちょうどそのときと同じ店員がいて、覚えていたよ。清水亜依さんは、そのとき切手を一枚と、ボールペンを一本買っている。そして、買った後に、トイレを貸してほしいと言って、トイレに入ったそうだ」

「店員も、よく覚えていましたね」

 と、僕は言った。

 コンビニなんて、たくさんのお客さんが来るだろうに、よく覚えているものだ。

「ああ、彼女が挙動不審だったから、よく覚えているそうだ」

「挙動不審?」

「ああ、店の中に入ってきたときから、しきりに外の方を気にしていたらしい」

「おそらく、私たちがやって来るんじゃないかと、気になっていたんでしょうね」

 と、明日香さんが言った。

「でも、僕たちアパートの前で、ずっとコンビニの方を見ていたじゃないですか。当然ポストも見えていますし、亜依ちゃんがポストに入れたんだとしたら、僕たちが見ているはずですよね?」

 と、僕は言った。

 いくらなんでも、僕たち二人の目を盗んで、ポストに近付いて投函することなんて、不可能だと思うのだが。

「明宏君、あなた本当に一瞬も目を離さなかった?」

「うーん……。一瞬くらいは、目を離したかもしれませんけど。そんなに長時間は――」

「明宏君、忘れたの? 清水さんが戻ってくる直前に、おかしなことがあったでしょう?」

「おかしなこと――ですか?」

 何か、あったかな?

「もう、しっかりしてよ。これよ、これ」

 と、明日香さんは携帯電話を取り出した。

「電話――あっ!」

「思い出した?」

「はい。非通知の、無言電話ですね」

「そうよ。あのとき私たちは、明宏君の携帯電話にかかってきた非通知の無言電話に気を取られて、コンビニの方を見ていなかったわ」

「それじゃあ、あの電話は――」

「ええ、清水さんがかけたんだと思うわ。私たちの目を、ポストから逸らすためにね。その間に、ポストに投函したのよ」

「そして、翌日、自宅で写真を受け取り、自ら姿を消したというわけか」

 と、鞘師警部が言った。

「もしかしたら、警察がやって来るかもしれないと思って、どこかに隠れているんだと思うわ」

 亜依ちゃん……。いったい、どうして……。

 高校を卒業してから、亜依ちゃんはどんな人生を送っていたのだろうか――

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