第4話 逆転と平穏
放課後、僕と弥生さんは言われた通りに指導室に来た。指導室には、学校で怖いと評判の学年主任が僕達のことを見ながら立っていた。そして、学年主任が僕達に近づきこう言った。
「君達、なんでこんな噂になるようなことのかな?」
僕はその言葉を聞いた瞬間、先生達に呆れてしまった。僕達よりも何年も人生経験のあるはずの大人が、なぜこんな普通は嘘だろうと思う噂を、こうも簡単に信じてしまうのか?まあ、椿先輩なら教師を言いくるめることなんてあの美貌を使えば簡単なことかもしれない。僕はそう考えていたのだが、
「これを見ろ。」
そう言われて、学年主任が見せてきた写真を見て、僕は絶句した。それがあたかも、僕と弥生さんらしき男女が使われていない旧校舎で本当に性行為をしているように写っていたからだ。でも、その写真は顔がハッキリと写っていなかったので本当に僕達とは断定しがたいものだった。
「言葉が出ないか...これはお前らなんだろ?早く白状してくれれば、停学くらいですむんだぞ。」
その学年主任の腐りきった言葉に
「ふざけないでください!まず顔が見えてなじゃないですか!なんでそんなはっきりしない写真で私達だと判断したんですか?」と少し怒鳴るように弥生さんは訴えた。
「まだ認めないつもりか?ならば、来なさい。」
そう言って、一人の女子生徒がやって来た。
「ぷっ、あははははは。」
その女子生徒を見た瞬間、僕は笑ってしまった。それが椿先輩本人だったからだ。登場早々笑われてしまった椿先輩は怒らないわけもなく、
「何がおかしいのかな?如月君?」
と怒り気味に僕に問いかけてきた。
「すみません、思い出し笑いを...。」
「こんなときに、ずいぶんと余裕じゃない?」
椿先輩は不快だったのか、相当怒っていた。
(後、僕の仕事は助っ人が来るまでの時間稼ぎだけだからね、でも、僕の演技力がどこまで通用するか...いや、今はやるしかない)
「弥生さん。」
「何?翔太?」
「後は僕に任せて、先輩達が来るまで時間稼ぎするから。」
「うん、わかった。頑張れ、翔太。」
僕は椿先輩や学年主任に聞こえないぐらいの声で弥生さんと話し、椿先輩と学年主任に対面した。
「それで霜月君、君はこの二人をこの写真の場所で見たのかい?」
「はい、そうです、先生。二日前の放課後、私が部活でたまたま旧校舎の近くを通りかかったとき、声が聞こえて、気になったので見に行ってみたら、そこの二人が、性行為をしていたんです。」
(二日前の放課後?笑わせるな、その日は旧校舎にも近づいてないし、弥生さんと一緒にすぐ下校したぞ)
「それで、私は写真を撮ったんです。でも、いきなりのことで慌ててシャッターを切ったので、こんな写真になってしまったんです。」
椿先輩は猫かぶりモードなのかわからないが、いつもより可愛い声で話していた。本性を知っている僕から見たら、ブリっ子にしか見えないけど。多分、今までの証拠の写真や証言も僕達を陥れるために偽造してきたのだろう。でも、彼女がどんな姑息な手を使ってこようと、僕は負ける気がしなかった。
「いやいや、椿先輩。僕達はその日、すぐに学校を出て、真っ直ぐ家に帰りましたよ。だから、その証言はおかしいですよ。」
僕の平然とした答えに、
「私はこの目でちゃんと見ました。それで写真もあるんですよ?それで十分でしょう?」
と少し怒り気味に返してきた。
「そういうことだ、如月君。これは親御さんも呼んで、きっちり話し合わないとな。」
もう本当に学年主任は、何回僕を呆れさせたら気がすむのだろうか。
「それじゃあ、明日親御さんを呼ぼう。それから...」
そう学年主任が言いかけたとき、
「異議あり!!」
と大声で扉を開け、神無月先輩が入ってきた。
「な、いきなり何だね?君は?部外者は立ち入り禁止だぞ!早く出ていきなさい!」
そんな学年主任の説教も、神無月先輩の前には効かなかった。
「先生、私の言葉が聞こえませんでしたか?私はその事に関して異議があると言ったんです。」
「何だね?異議とは?言ってみ...」
そう学年主任は神無月先輩に尋ねようとしたとき、
「なんで関係の無い、神無月先輩が出てくるんですか?」
と椿先輩が遮るように聞いてきた。
「関係の無い?笑わせるな。そもそも本当に部外者だったらこの場には来ていないよ。それに君には、グランプリの時にいろいろとやられているからね?」
そう言いながら、神無月先輩は椿先輩を睨んだ。
「ちょっと、何を言ってるのかわからないです。」
それでも、椿先輩はなにも知らないふりをしていた。
「まあ今、その事は良いとして。私がここに来たのには、異議ありと言ってみたかったのもあるが、それ意外にも、椿、君に会わせたい人がいるんだ。」
「私に?」
「そうだ、入ってきてくれ。」
「失礼します、私は二年の神林皐月です。」
そう言って、ノートパソコンらしきものを持ちながら、神林先輩が入ってきた。
「こんにちは、椿さん。多分あなたは私のことは知らないでしょうね。」
「はい...誰ですか?」
神林先輩が言うとおり、本当に椿先輩は彼女のことを知らないみたいだった。
「それでは、桜井卯月っていう子はご存知ありますよね?」
神林先輩は椿先輩を睨んでいた。
「.....。」
椿先輩は固まったまま黙っていた。
「知っていますよね?」
もう一回、今度はさっきよりも強い口調で椿先輩に問いただした。
「だ、誰のこと?知らないわ、そんな人。」
また、椿先輩は知らないふりをした。
その様子を見た、神林先輩は拳を握りしめて、
「如月さん、あいつのこと殴っていいですか?」
と聞いてきた。
「気持ちはわかりますけど、さすがにそれはもっと問題になるんで止めてください。」
「そうですよね。」
彼女は少ししょんぼりしていた。そのとき絶対神林先輩だけは本当に怒らせないようにしよう、と僕は思った。
「なんですか?本当に部外者は出ていってくれませんか?」
不機嫌そうに椿先輩がそう神林先輩に言い放った。
しかし、神林先輩は出ていく気配もなく。手に持っていたノートパソコンを無言で開き、指導室にあるテレビとパソコンを繋いだ。
「君は、何をしているんだね?」
なにも喋らず、作業だけ続けている神林先輩に、学年主任は不信感を抱いた。その言葉もスルーしながら、神林先輩は作業を進めた。
「おい、君!聞いているのか!」
なにも答えない神林先輩に怒っているのか、学年主任の問いかけがさっきよりも大きくなった。
「学年主任。彼女は、今この裁判を覆すための作業をしているんだ、少し待ってくれないだろうか?」
神無月先輩は学年主任の怒りを抑えるように、優しく神林先輩のフォローをした。
「裁判?先輩は何を言っているんですか?」
学年主任はわかってくれたものの、椿先輩はまだ今の状況に納得いかないようだった。
「出来ました、これで彼女を黙らせます。如月さん、少しの間私に時間を下さい。」
そう言って、神林先輩は僕に少しお辞儀をした。
「どうぞ、気がすむまでやっちゃってください。」
(僕は、そのために時間稼ぎをしていたんだから)
「さっきから、何言ってるのかわからないんですけど。」
椿先輩はまだ余裕そうだ。しかし、これから神林先輩の見せる映像を見て、椿先輩は絶句する。
「この映像を見てください。」
そう言って、神林先輩はテレビにある映像を写す。そこには笑顔で写っている二人の女の子がいた。一人は神林先輩、そしてもう一人は、僕の知らない女の子だった。
「これは私が中学校入学のときの映像です。一緒に写ってるのは親友の桜井卯月さんです。」
神林先輩がこの映像のことを話しているとき、椿先輩は何も言うことが出来ずにただただ口を開けて見ていた。
「そして、この次の映像を見てください。」
そう言って神林先輩が見せた映像は衝撃的なものだった。その桜井さんが、五人ぐらいの女子に叩かれたり、蹴られたりしていたからだ。この映像には、さすがの学年主任も黙って見ているしかなかった。
「これは中学校の秋のころの映像です。この中に、椿さん。あなたの姿があるのはわかりますよね?」
「......。」
神林先輩の問いかけに、椿先輩はなにも答えない。神林先輩は表情には出ていないものの、物凄く怒っているのが僕にはわかった。
「私は、親友の彼女をあなたのいじめから助けるためにこの映像をビデオカメラで撮り、先生に提出しました。でも、誰一人としてこの映像を見てくれる人はいませんでした。みんな学校に不要なものは持ってくるなと言って。」
「......。」
椿先輩はなにも答えない。
「あなたが言いくるめたんですよね?先生方を、その美貌を使って。」
神林先輩は淡々と椿先輩に言い放った。
「は?何言ってんの、あなた。私が、そんなことするわけ無いじゃん。」
まだ、椿先輩はとぼけていた。
「なら、これならどうでしょう。」
神林先輩はポケットからある小さな機械を取り出した。
「これは小型のボイスレコダーです。このボイスレコダーには二日前のあなたの音声が入っています。」
「いつの間に、そんなのを...。」
椿先輩は焦っていた。彼女にとって相当不利になることが、そのボイスレコダーには記録されているのだろう。
「これは親機で、あなたのバックについているものが子機のボイスレコーダーです。」
そう言って神林先輩は椿先輩のバックのポケット部分を指差した。
「まさか、あ、本当にある...。」
本当にボイスレコダーらしきものが椿先輩のバックの中から出てきた。
「この音声データを流してみましょうか?」
神林先輩は笑顔で椿先輩を見ながら言った。
「っ.....。」
椿先輩は、さっきまでの余裕を完全に無くしていた。神林先輩はボイスレコダーの再生スイッチを押した。
『あ、そう、そこそこ、オッケー、いい感じに写ってる、これであいつら二人を陥れることができる。あはははは。』カチッ、別のボタンを押して神林先輩は場面を変えた。『先生~、私に協力してくれたら~、良いことしてあげますよ~。え、良いこと?なんだねそれは?先生も最近溜まってるでしょ~、だから、体で~。で、出来るだけ協力しよう。』そこで音声が止まった。
「まだ知らないふりをしますか?」
神林先輩の鋭い一言に、この場にいる誰もが喋ることが出来なかった。昨日の昼休み、僕は神林先輩にビデオカメラを見せてもらったが、ボイスレコダーの件は知らなかった。だからこそ、僕も弥生さんも神無月先輩も驚いて言葉が出てこなかった。神林先輩はそのボイスレコダーを持ちながら、学年主任に近づき、
「あなたの協力の件も、先程校長に報告しましたからね。」
と冷たく言った。それを聞いた学年主任は、顔を青ざめながら神林先輩を見ていた。そして何も言えない椿先輩に神林先輩は、今回の件、いや、中学校のときからの思いをぶちまけた。
「あなたはきっと今回の件も、中学校の頃も、私や如月さん達のことを異物扱いしていたんでしょ?私はうーちゃんと離ればなれになってから、ずっとあなたに聞きたいことがあったんですよ。」
うーちゃん、多分それは小中学校の頃、神林先輩が桜井さんを呼ぶためにつけたあだ名だろう。
「何で、あなたみたいな女子でいうヒエラルキーが上の人間は、如月さん達やうーちゃんみたいな人を見るとすぐに陰口とか、悪口を言いたがるんですか?好きな俳優やアイドルの話の後は、彼らの陰口ですか?聞こえないからって、何でも言って良いと思っているんですか?って言うか聞こえてますよ、あなたの陰口。楽しいですか?言われている人の気持ちも考えないで悪口、陰口、言っていて本当に楽しいですか?」
神林先輩は相当椿先輩のことを恨んでいたのか、息が切れることなく喋り続けていた。椿先輩は何も言えず黙りこんでいた。
「覚えていますか?中学校の頃にあなたに向かって私と同じことを言った気の強い女子がいましたよね。でもそのときあなたは、『そんなこと言った覚えないんですけど、言いがかりは止めてくれない?』と言って、全く聞く耳を聞く持ちませんでしたよね。それを不快に思ったのか、あなたはその次の日から同じグループの子達と、その子の陰口を言って笑ってましたよね。彼女見てましたよ、あなたが陰口言って笑っていること。だから、、」
「ちょ、ちょっと待ってください、先輩。」
いきなり、弥生さんは神林先輩を止めた。
「どうしたんですか、弥生さん?」
弥生さんは神林先輩の前に立って、
「神林先輩、それ以上は言わないで下さい。」
と優しく微笑みながら言った。
「で、でも、あなた達はあいつの嘘の証言で停学にさせられそうになったんですよ!」
神林先輩は、弥生さんの突然のストップに納得いかない様子だった。
「でも今、私が止めなかったら先輩は椿先輩と同類になりますよね?」
「あ.....。」
弥生さんの言ったとおりだった。神林先輩は僕達を救うために証言してくれていたが、このまま続けてもいても神林先輩が、一方的に椿先輩の不満をぶつけるだけにしかならなかった。僕達を助けるために神林先輩は言ってくれている、それを知っているからこそ弥生さんは神林先輩を止めた。
「あなたは真面目な人です、だからこそ、あの人と同じようにはなってほしくないんです。」
そう言いながら、お願いするように弥生さんは小さく頭を下げた。
「ご、ごめんなさい...。」
そう言って、弥生さんの気持ちを理解した神林先輩は頭を下げた。
そして弥生さんは少し歩き、椿先輩の前に立った。
「な、なによ...。」
椿先輩はいきなり自分の方に歩いてきたので少し驚いていた。
「私からも一つ、これは私が尊敬する先生から聞いた話です。『人間というのは集団生活をしている以上、誰かが誰かの悪口や陰口を言うということは必然的に起こってしまうことです。みんなが仲良かったら戦争なんて起きませんしね。僕は、悪口や陰口を絶対に言うなとは言いません、でも、そっちに逃げないでほしい、これだけが言いたいんです。例えば、何か自分が気に入らないことがあってストレスになったとしましょう。でもそれって、その人の悪口や陰口を言うこと以外に発散できる場が考えてみればいくらでもあるんじゃないでしょうか?そうやって考えることができれば、一人の集団で生きる人間として成長できると思うんですよね。』、私はこの話を聞いたときとても感銘を受けました。だからこそ、椿先輩には悪口や陰口に逃げないでほしいって私は思ったんです。」
「.....。」
「私はそれだけを言いたかったんです。それじゃあ帰ろっか、翔太。」
「う、うん。」
弥生さんと僕は指導室を出た。神無月先輩と神林先輩は、この件の事後処理があると言ってまだ指導室に残っている。黄金色の夕日が僕達を優しく迎えるように窓から差し込んでいた。
「もう、大丈夫なんだよね...。」
学校からの帰り道、弥生さんがそんなことを僕に聞いてきた。
「うん、大丈夫だよ。」
僕は笑顔で返した。
「私、翔太のこと守れたかな、ちゃんと...。」
「心配しないで、最後のあの話だって共感できるところ結構あったし、かっこ良かったよ、弥生さん。」
「うん、ありがとう。」
弥生さんは笑顔で僕を見ていた。
(弥生さんは気づいてないだろうけど、この笑顔に僕は救われているんだよなぁ)
そんなことを思いながら僕は笑顔の弥生さんを見ていた。
翌日、学校では昨日の逆転劇が噂になっていた。あの後、神無月先輩と神林先輩の証言で、椿先輩は今回の件の責任として一週間の停学処分、学年主任は転勤処分を受けたらしい。弥生さんは、学校に来るやいなや、昨日のことをクラスの人達からいろいろ聞かれていた。僕は相変わらず、朝から男子の嫉妬の目線を浴びてましたけど。もう慣れているとはいえ少なからず僕のストレスになっているんだよね。それでも僕が、あの一年前のように心が折れないのは弥生さんの存在のおかげだと思う。僕自信も、少しは変われているんだろうか。あ、そうそう、最近変わったことと言えば、昼休みに僕と弥生さんは神無月先輩や神林先輩とお昼を食べるようになった。神林先輩はあの放課後以来、いろんなつてを使って桜井さんと連絡を取れるようになったらしい。春休みには、彼女のところに会いに行くと笑顔で言っていた。神無月先輩は...いつも通り今も自信満々に喋っています。そんなある日、僕は彼女達に今までの出来事を物語にしてみんなに知ってもらいたいと持ちかけた。
「私は別に大丈夫だけど、でも、翔太自身は大丈夫?また辛い過去を思い出すことになると思うけど...。」
「そうですよね、私もそこが心配でした。」
「うむ...私もだ。」
彼女達は本当に僕のことを心配しているようだった。
「大丈夫です。僕はそういうことも含めて向き合っていきたいんです。そうすれば、僕自身、もっと成長できるかなって思うんです。」
僕は、彼女達をまっすぐ見てそう言った。
「うん、そうだね。私も出来るだけ翔太のこと手伝うから。」
そう言って、弥生さんは僕の手を掴んだ。
「これが未来の夫婦の初めての共同作業ってやつかな?」
「そうですね、青春って感じで良いですね。」
先輩二人は笑いながらそんなことを言っていた。
「ちょっと先輩方、からかわないでくださいよ~。」
そう言いながら弥生さんは少し顔を赤くして恥ずかしそうにしていた。
弥生さんと出会った頃に流れていた噂は案外本当だったのかもしれない。
僕はそんなことを思いながら、この平穏で幸せな時間を一秒一秒大切に生きていこうと思った。
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