第2話 過去と決意

週末は金曜日のことを考えすぎて全く休むことができなかった。家族からも何か変な宗教にでも引っ掛かったんじゃないかと心配されたほどだ。

(どんな顔して彼女に会えばいいんだろう)

そんなこと考えながら家を出て、いつもと変わらない教室のドアを開けた。幸い彼女はまだ来ていなかったので、僕はいつも通りに自分の席につき、朝のホームルームが始まるのを待っていた。しかし、ホームルームが始まる五分前にその事件は起きた。白鷺弥生が葉月の姿で登校してきたのだ。僕は彼女の昔の事情を知っていたので彼女の行動にとても驚いていた。当然、クラスの男子達は騒ぎ始め、女子達も陰でざわざわしていた。それだけなら良かった、でも事件はこれで終わらなかった。彼女は、教室に入ってくるやいなや、僕の席の前に来て、「何でメールとか電話とかしてくれないの?」と言ってきたのだ。当然、いつも誰とも話していない根暗な僕に美少女が、親密に話しているので、男子達は嫉妬の目を、女子達は陰口をと、クラスのざわめきは最高潮に達していた。

「ご、ごめん。なんか本当にしていいのかわからなくて。」

「いつでもしていいんだよ、嫌われてるのかと思って心配しちゃったじゃん。」

そう言いながら、彼女は少し悲しそうな顔をしていた。そこに「おい、お前ら、イチャイチャするのはよそでやれ。おら、そこの男子どもも静かにしろ、ホームルーム始めるぞ。」と言いながら、すごく迷惑そうな顔で先生が教室に入ってきてた。

「あ、ごめんなさい。じゃあ、また後でね、翔太。」

「あ、うん...。」

そうして僕の動揺と裏腹に朝のホームルームが始まった。ホームルームはいつも通りなのだが、回りの視線がいつも通りではなかった。嫉妬の視線、驚きの視線、好奇の視線など様々で、僕はこの状況に耐えられなかった。そして、ホームルームが終わった途端に教室を出て、図書室へ逃げ込んだ。図書室だけが自分の中で安息の場所だからだ。

(もう一限目はサボろうかなぁ...)

そんなことを考えていたときに司書さんが僕の前にやって来た。

「あら、如月君?どうしたの?一限目始まっちゃうわよ。」

「いや、一限目は頭がいたいのでここで休んでようかなって思ってます。」

「頭が痛いなら、保健室じゃないの?」

「いや、僕はこの図書室が一番落ち着けるんです。」

「あら、そうなの?じゃあ、一限目だけの特別よ。」

そのときに、快く許可してくれた司書さんが女神のように見えた。僕は、いつも読んでいる小説の三巻目を本棚からとり、時間を潰すついでに読もうと座った瞬間に、図書室のドアが開き、白鷺さんが入ってきた。

「あ!やっぱりここにいた。ほら、翔太、一限目遅れちゃうから早く教室行かないと。」

「いや、一限目はサボるよ。さすがにあのクラスの雰囲気には僕じゃ耐えられないよ...。」

「なにバカなこと言ってんの、そういうことは、今の私みたく正面からちゃんと受け止めないとダメでしょ。私だって翔太がホームルーム終わった途端に教室を出てっちゃうから、追いかけようと思ったのにクラスのみんなから質問攻めされて大変だったんだよ。」

(まあ、突然幻の美少女がクラスにいたら、誰だって驚くよね...)

「ほら、なにボーッとしてんの?教室戻るよ。」

そう言われ、僕は強引に僕の手を引く彼女とともに教室へと向かった。

「あら、まあ、若いっていいわねぇ。」

教室への帰り際に司書さんがそんなことを言っていたような気がした。

教室についた頃には一限目の国語の授業が始まっており、サボろうとした僕は、先生にこっぴどく叱られて自分の席についた。そして、国語の教科書を出そうと机に手を入れたときに、小さな紙切れが入っていることに僕は気がついた。その紙には、『放課後、体育館裏に来い。』と小さな文字で書いてあった。

(うわぁ、行きたくないけど行かないとまためんどくさくなるんだろうなぁ...)

僕はその手紙を読み、落胆していた。自分が放課後起こるであろうことを、九割位予想出来てしまうことに。

(はぁ...何で白鷺さんは僕のなんかのことを気に入ったんだろう...)

そんな答えのでない自問をしているうちに、あっという間に放課後になってしまい、僕の元気は一年前の事件のときぐらい低くなっていた。

「翔太、一緒に帰ろう。」

そう言いながら、なにも知らない彼女が陽気な笑顔でやって来た。彼女は今日一日でクラスのほとんどの女子と仲良くなり、昼休みも楽しく、今人気の俳優やアニメの話なんかをして盛り上がっていた。無論僕は、男子達の嫉妬の視線をあびながらボッチ飯だったけど。

「ごめん、白鷺さん。今日は用事があって帰れないんだ。」

「え、そうなの、珍しいね。後、恋人なんだから弥生で良いよ。」

「あ、ごめん、弥生さん...。」

「さっきから元気無いね、何かあったの?」

「い、いや、なにも無いよ、大丈夫。」

「そうなの?ならいいんだけど...。」

「あ、僕もう行かないとじゃあ、またね。」

そう言って僕は足早に体育館裏に歩いていった。あの紙を落としたことにも気付かないまま。

「本当に大丈夫なのかなぁ.....あれ?なんか落ちてる。なんだろうこの紙。」

(はあ、はあ、良かった、何とか白鷺さんを巻き込まなくてすみそうだ)

僕はそう思いながら夕日のさす体育館裏についた。そこには二年生の先輩五人が鬼の顔をして立っていた。

(ああ、骨折位ですむかなぁ)

そんな薄い希望を持って僕はその人たちと対峙した。

「お、ちゃんと来たな一年坊。俺らの名前は、葉月様親衛隊(仮)。そのリーダーがこの俺、二年の睦月竜斗だ。」

(あ、はい...知ってますよ、有名ですもんね、あの文化祭後の〈消えた葉月様を探そう大作戦〉だったっけな、この学校の全クラスを回って『葉月様~、どこにおられるのですか~』って、めっちゃ大声で叫んでいた人ですよね、多分彼女自身も引いていたんじゃないかな)

「おい、聞いているのか、一年坊。まあ、それはいい、お前今日なんで俺らに呼ばれたかわかってるよな?」

「白鷺さんのことですか?」

「そうだ、何でお前みたいな、目立たないやつが、葉月様に好かれているんだ。」

(いや、知らないよ、こっちが聞きたいですよ...)

「どうせ、小癪な手を使って葉月様をタブらかしたんだろ。」

(残念でした、告白されたのは僕の方です)

「そ、そんなことしてないですよ。」

「嘘をつくな、そうでもしないとあの人はこんなやつ好きにならんだろう。」

(本当にその通りですよ、何でなんだろう?何かしたっけな?僕は全く心当たり無いんだけどななぁ...)

「そこでお前には、葉月様をタブらかした罰を受けてもらおう。」

(ああ、やっぱりこのパターンか...こんな漫画みたいなパターン望んでないんだけどなぁ...)

「おい、お前ら、あいつを取り押さえろ。」

僕は抵抗しなかった。逆に抵抗した方が後でめんどくさくなるとわかっていたから。

(あ、でも彼女が巻き込まれなくて良かった、もう傷つくのは自分だけでいいんだ)

「お、なかなか度胸があるじゃないか。じゃあ、これはどうかな?」

そう言って睦月先輩は、取り押さえられている僕のみぞおちを思いっきり殴った。骨がきしむ音がした。

(いっ...こういう、ときのために、もっと、体を鍛えとけば、良かったなぁ...)

僕が殴られたところを抑えながら後悔していると、回りの親衛隊達(仮)からも四方八方から体中を蹴られた。

「お前のせいで葉月様は汚された。」

「そうだ、お前のせいだ。」

自分でも骨にひびが入っていることがわかるぐらいに、僕は蹴られていた。

(いつまで、僕が傷つけば、満足して、くれるんだろう...)

そう思っていた矢先に、突然向こうの方から先生達を連れた弥生さんがやって来た。

「お前ら、何をやっているんだ!!」

「ヤバい、お前ら、逃げるぞ!!」

「こら、お前達逃げるんじゃない!!」

そう言いながら先生達は親衛隊達を追いかけていった。

「翔太!翔太!大丈夫?」

「な、なんで弥生さんがここに...」

「この紙切れが翔太が教室を出ていった後に落ちてたの。翔太朝から元気なかったし、こんな漫画みたいな呼び出しされて怪しかったから、先生達を呼んでここに来たの。そしたら案の定、翔太が暴力振るわれてたから...」

「あはは...心配してくれてありがとう、ちょっと痛むけどだいじょう、ぶだ、よ...。」

「翔太!翔太~~~~~。」

そこで僕の意識は途絶えた、彼女の声と黄金色の光とともに。次に目が覚めたのは病院のベットの上だった。外はもう真っ暗になっている。後から聞いた話だけど、意識を失った僕はすぐに病院に運ばれて緊急の手術を行ったらしい。肋骨が一本折れていて、左腕と右足首にひびが入っていたそうだ。

「ん、あれ?ここは、病院?ああ、僕、あの後気を失ったんだっけ...。」

まだ痛む体を我慢しながら起こすと、弥生さんが横で椅子に座りながら寝ていた。僕のことを看病してくれてたのだろう。

(やっぱり、寝顔もかわいいな...)

「んん...、あれ?翔太?翔太~~~。」

そう言いながら彼女は僕の体を優しく抱き締めた。

「もう起きないと思って、心配したんだよ。でも良かった、ちゃんと起きてくれた。」

「あはは、まだ骨とかも痛いけどね。看病してくれてありがとう。」

「それはいいの...、その、ごめんなさい...。」

「何でなにも悪いことをしていない弥生さんが謝るの?」

「だって、あれって私関連のことでしょ?だから...ごめんなさい。」

「良いんだよ、弥生さんは謝らなくて。逆に僕があの場に行ってなかったら、もっとひどいことになっていただろうから。」

「ありがとう、やっぱり、翔太はあの時と変わらず優しいんだね。」

「あの時?」

「そう、文化祭二日目の夕暮れ時の屋上のこと。多分、忘れちゃってるよね?」

「文化祭...屋上...?え!あの女の子って弥生さんだったの?」

「そうだよ。」

もう自分では忘れてしまっていたが、あの文化祭の日、学校の屋上で僕は一人の女の子と会っていた。時は去年の文化祭の二日目に遡る。僕はクラスの誰とも喋っていなかったので、クラスの出し物にも参加しなかった、っていうかクラスの人達に僕の存在事態を忘れられてたので、文化祭の日限定で空いている屋上のベンチにずっと座っていた。

「ああ、早く文化祭終わらないかなぁ...。」

そう思いながらベンチに座っていると、それまで人がいなくなることが無かった屋上も、午後のビックイベント『ミスS校グランプリ』を始まったために誰もいない状態になってしまった。

グランプリのことは、僕も少しは気になってはいたんだけど、あんな人の多いところに行く勇気は持ち合わせていなかった。むしろ、僕は人がいなくなってくれて好都合だったので、文化祭が終わるまで屋上にいることにした。そして屋上で一人ボーッとしているうちに、17時の文化祭の終わりを告げる放送が校内に流れていた。夕日も僕と屋上を綺麗な黄金色に染めていた。

(よし、帰るか...)

そう思って立ち上がった瞬間に、屋上のドアが勢いよく開き、眼鏡でポニーテールの女の子が泣きながら走っていくのが見えた。その姿を見た瞬間に僕は彼女を追いかけていた。自分でも何で追いかけたのかいまだにわからなかったが、反射的に放ってはおけないとそのときは思っていたんだと思う。

「ねえ、君、何で泣いてるの?」

「こっち来ないで!あなたも私をいじめるんでしょ!」

「いやいや、僕はそんなことしないよ。ちょっと落ち着こう。こういうときは、えっと...し、深呼吸しよう。はい、吸って~、はい、吐いて~、吸って~、吐いて~。」

彼女は、静かに深呼吸をして、少し落ち着いたようすだった。

「これで、ちょっとは落ち着いたかな?」

「うん、ありがとう。落ち着いてきたよ。」

「そっか、良かった。じゃあ、何であんなに泣いてたのか、良かったら聞かせてくれない?相談に乗ることぐらいは僕にも出来るから。」

彼女はまだ信頼してくれてないのか、話そうか悩んでいたが、何かを決心したように頷き、彼女の身に何が起こったのかを話始めた。

「私ね、今の自分を変えるためにミスS高校グランプリに出たの。」

「そうなんだ。」

「それで初出場なのにすごいいいところまでいっちゃったの。そうしたら、あの美人で有名な二年生の椿先輩とその取り巻きの人達に目をつけられちゃって。競技中でもお構い無く先生の見えないところで嫌がらせや妨害をしてきたり、ありもしない噂を流して、私の好感度を下げようとしてきたりしたの。それに私は耐えられなくなって、グランプリが終わって急いでここに逃げてきて、今の状態になってるの。」

彼女はこれまでの経緯を細かく僕に話してくれた。

「そんなことがあったんだ...。」

「やっぱり、私は間違ってたのかな...。自分を変えようなんて軽い気持ちで参加しちゃったから、ダメだったのかな...。」

「そんなこと無いよ!!」

「え?」

自分自身でも驚くくらい大声が出してしまった。

「そんなことない、君の行動は立派なことだよ、普通の人なら躊躇ってしまうことをやり遂げようとした君を、非難する必要なんて全くないよ。」

「そ、そうなのかな...」

「そうだよ、君には他の誰も持っていない力がある。それをその人たちが嫉妬しただけなんだよ。」 

「君って優しいんだね。ありがとう。」

「いやいや、僕は優しい人間なんかじゃないよ。」

「でも話したら少し気が楽になったよ。ありがとう。」

「それは良かった。じゃあ、僕はこれで。」

(よし、僕みたいなモブの役目はこれで終わり)

「ねえ、君、ちょっと待って。名前だけ聞いていい?」

僕が屋上を後にしようと歩き出したとき、彼女はそんなことを言ってきた。僕は少し悩んだが、彼女の気持ちも無下に出来なかったのでちゃんと答えるようにした。

「如月翔太だよ。」

そう言って僕は屋上を後にした。最後に小声で彼女がなにか言っていた気がしたけど、聞き取ることが出来なかった。文化祭後、僕は彼女が同じクラスにいることに気づいていたけど、話しかける動機も無かったので、それ以来僕は彼女と話していなかった。正直、僕にはもう縁の無い人だと思って完全に忘れていた。

「あのとき翔太に声をかけてもらえてなかったら、私は完全に心が折れてたと思う。」

「.....。」

「でも、翔太に私は救われた。だから、今度は私が翔太を救う番だと思ったの。」

「そっか、でもそれが理由なら、無理して僕なんかと付き合わなくても良かったんじゃないかな?」

「それは...違うの、なんか自分からこういうこと言うのはすごい恥ずかしいんだけど、あの文化祭の時から、翔太のことをずっと目で追っていたの。」

(そ、そうなんだ...)

「目立たないところで仕事してたり、いろんな人に気を使ってる姿を見てたら、好きになってる自分がいたの。」

(ただ、人に迷惑かけたくなかっただけなんだけどなぁ...)

「だから、そんなに目立ちすぎないために終業式近くに告白しようと思ったんだけど、あの夕暮れの教室で翔太を見た瞬間、今しかないって思って頑張っちゃった。」

彼女は頬を赤らめて微笑んでいた。その微笑みと彼女の真っ直ぐな気持ちを聞いた僕は、無意識に彼女を抱き締めていた。

「しょ、翔太?!ど、どうしたの?!」

「少しこのままでいさせて。」

僕は暖かい彼女の体温を感じながら、自分の忘れていた好きと言う気持ちを思い出していた。

(これが本当に守ってあげたいって思う気持ちか...忘れていたなぁ。)

今までの僕は人に迷惑をかけたくないという気持ちで生きてきた。でも今、彼女の真っ直ぐな気持ちを聞いて、彼女を守っていける人になりたいと思った。

「しょ、翔太...もうそろそろ離してくれないと、恥ずかしくて死んじゃいそうになるんだけど.....。」

「あ、ごめん。」

そう言って僕は、彼女をゆっくり離した。彼女の顔を真っ赤にしている姿は、僕の目にとても新鮮に写っていた。

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