夕日が指す君のもとへ

白ラムネ

第1話 幻の少女

これは僕がまだあの人に出会う前の微かな記憶。


「いつか一緒に旅行に行きたいねだって、お前まだそんなに付き合って長くないくせにこんなメール送ってんのか。考えすぎじゃね。」

(やめてくれ...)

「お前やっぱり重いって、何でこんなのと付き合えてんの?凄いね、彼女さんも。」

(本当に止めてくれ...)

「マジ笑えるわ、彼女さんもそう思うっしょ?」

「そうかもね、これはちょっと.....」

(何で君もそんな目で僕を見るんだ)

「やべぇやつだよなぁ、こいつと一緒にいて大丈夫なの?」

「もうちょっと、考えて発言しろよ、童貞君?」

「そうだ、童貞。」

「ちょっと...やめなよ...。」

彼女は止めながらも僕の方を見て苦笑していた。

(ああ、そうか、僕は知らない間に彼女を困らせていたのか。最低な男だな.....)

僕はそこから記憶が全くなかった。気づいた頃には自分の暗い部屋の布団にこもっていた。僕は自分を心底恨んだ。僕の言葉が彼女の負担になっていることに気づいてしまったから。結局、僕は彼女とは別れてしまった。それから一年がたつのは早く感じた気がする。僕は彼女と別れて以来、他人を自分の言葉で困らせないようにと、前より人を避けて距離を置くようにして生活していた。

そんな僕の日の当たることの無い生活は、あの日を境に一変することになる。



僕の名前は如月翔太。県立S高校に通う普通の一年生だ。部活は中学校から続けていたバスケ部に入っていたものの、あの出来事以来自分を塞ぎ込んでいたので上手く部活のメンバーと馴染めず、すぐに退部しまった。もちろんクラスに友達なんていない。なにも面白くない、そんなことを思いながら生活していた冬のある日、校内にこんな噂が流れていた。

『金曜日の夕暮れ時の誰もいない教室に一人だけこの学校の制服を着た美少女が座っていて、その美少女を見た人には幸せが訪れるんだって。』

(そんな美少女いたら会ってみたいもんだな...どうせ嘘に決まってるけど)

僕はそんなことを考えながら、代わり映えのしない教室でつまらない授業を受けていた。

放課後、僕はいつも通り誰も来ない図書室で本を読みながら時間を潰していた。

すぐに帰ることもできるのだけど、基本的に人ごみが苦手な僕は学校に遅くまで残って、人がいない時間に帰るというのが毎日の日課になっていた。

そのおかげで、図書室の司書さんとはとても仲が良かった。

「如月君、今日も本の整理手伝ってくれない?」

「良いですよ。」

「ありがとね、図書委員じゃないのに。今日の図書委員の子ったら仕事忘れて帰っちゃったんだから。」

司書さんは不機嫌そうに大きなため息をついていた。

「あらら、それは大変ですね。」

「今日は金曜日だから結構たくさんあるのよ、時間とか大丈夫?」

「はい、特に予定は無いので大丈夫です。」

僕は仕事を快く引き受けた。

「それは助かるわぁ、ありがとう 。じゃあ早速なんだけど、ここにある本を歴史の本棚に入れてきてくれる?」

「歴史の本棚...あ、あそこですね、わかりました。」

「じゃあ、お願いね。」

何度も頼まれたことのある仕事なので、僕は難なくこなしていった。本の整理が全て終わったところで、司書さんが僕に声をかけてきた。

「いつも、手伝ってくれてありがとね。」

「いえいえ、もう慣れてますから。」

「あ、そうだ、如月君。今日って何の日だか知ってる?」

「え?いや、わかりません。」

「今日って金曜日じゃない。あの噂の美少女が出てくるかもよ~。」

「いやいや、司書さんまで冗談は止めてくださいよ。あんな噂、絶対に嘘に決まってますって。日が暮れちゃうので僕はこれで失礼します。」

そんな馬鹿みたいな噂を信じている司書さんに呆れながら図書室を後にした僕は、夕日のさす廊下を一人歩いていた。

「今日はいつもより夕日が綺麗だなぁ...あ!筆箱、教室に置きっぱなしだった。取りに行かないと。」

僕は忘れ物を取りに行くため、自分の教室に向かった。僕はドアを静かに開けて教室に入り、自分の机にある筆箱を取った。そしてなんとなく、夕焼けに染まる窓の方を見た。

「今の時間は誰もいないか...。」

「今日は夕焼けが綺麗ですね...。」

「そうですねぇ~、って、うわぁ!!」

僕は誰もいないと思って気を抜いた状態で外の景色を見ていたので、いきなりの出来事で腰を抜かしてしまった。

「だ、大丈夫ですか?」

「あ、大丈夫です。すいません...。」

窓際の一番後ろで、夕日が一番綺麗にさしている机。そこには見知らぬ美少女が、本を手に持ちながら心配そうに僕の方を見ていた。

その黄金色の光に染まる彼女はどこか神秘的で、とても綺麗に僕の目に写っていた。

(まったく気付かなかった。あんな美少女うちの高校にいたっけ?)

「あの、どうかしましたか?」

その美少女は少し困惑した顔で僕を見ていた。彼女も僕に無言で凝視されていたので、ちょっと困っていたようだ。

「あ、ごめんなさい。忘れ物しちゃって、あはは...。」

「あら、それは大変ですね。」

そう言って彼女は本を閉じ、外の夕焼けを眺めていた。

「あの...帰らないんですか?」

「ええ、まだ時間ではないので。」

「時間?」

「はい、今日みたいな晴れてる日はいつも決まった時間に帰ってるんですよ、あの綺麗な夕焼けが沈む時間に。」

「そうなんですか。僕も人が苦手なもので、人が少なくなる夕暮れの時間に帰ってるんですよ。」

「ふふっ、同じですね。」

そう言いながら微笑む彼女を見ていると、僕はとうの昔に無くしてしまったはずの感情が込み上げてくるのを感じた。

『ねえ、知ってる?その美少女を見た人は幸福が訪れるんだって』

(はっ、ヤバいヤバい、これじゃあ、あの馬鹿みたいな噂のシチュエーションと一緒じゃないか。なにちょっと期待してんだ、僕は。)

「それじゃあ、僕はこれで。」

「待って、如月君。」

(言った覚えないのに、なぜか名前知られてる...)

「な、なにかな?」

「さっき、あの噂のことを考えてたよね。」

(ええ?!僕ってそんなに顔に出るタイプだったっけ?)

「そ、そんなこと考えてないよ。」

「いや、絶対考えてた。」

「そんなことないって。」

「私わかるもん、君の顔見れば。噂も最近、結構耳にするしね。」

彼女は、少しため息をついて僕を見ていた。

「やっぱり、この噂って君のことだったの?」

「そうみたいね。」

「でも、僕は君のこと初めて見たんだけど、このクラスの子?」

「うん、そうだよ。でも、いつもはこの姿じゃないから、君がわからないのも無理ないよね。」

「この姿じゃないって、どういうこと?」

「.....。」

彼女は夕日を見ながら少し悩んでいた。そしてもう一度僕の方を向いて、何かを決心したように口を開いた。

「まず私、君に自己紹介しておいた方がいいよね?名前知らないだろうし。」

「うん、そうだね。お願いするよ。」

「私の名前は白鷺弥生って言うんだ。あ、葉月って言った方がわかるかな?」

(葉月?どこかで聞いたことがあったような...)

「去年の文化祭のときの、『消えた幻の美少女事件』って覚えてる?」

「え!?あの事件も君だったんだ...。」

その事件は、毎年うちの高校の文化祭二日目に行われている一大イベント『ミスS高校グランプリ』で起こった。

うちの高校には二大美女と言われる人がいる。一人は二年生の霜月椿先輩、もう一人は三年生の神無月京華先輩だ。当時、優勝はこの二人のどちらかとまで言われていた『ミスS高校グランプリ』で、まさかの優勝を果たしたのが葉月と名乗る一年生の美少女だった。しかし、その美少女は文化祭以降、姿を見た者はおらず、消えた謎多きの美少女として幻の存在になっていた。ちなみに僕はその場にいなかったので、葉月という名前はクラスの男子が話しているのを聞いただけだった。

「そうだよ、私偽名なんて、そのときに初めて使ったから、ちょっと恥ずかしかったよ。」

「何で偽名なんて使っていたの?」

「だって、めんどくさいじゃない。男子が下心だけで寄ってきたりとか、女子の陰口とかね...。」

そう言いながら、彼女は少し下を向いた。

「だったら、何でグランプリなんて出たの?」

「自分を変えるきっかけにしたかったの。」

彼女は顔を上げ、まっすぐ僕の方を見てそう言った。

「自分を変える?」

「そう、私って中学生の頃、自分自身を隠していたの。」

(隠していた?何で?こんなに可愛いのに、勿体無い...)

「私ってこんな容姿でしょ、だから中学校入学のときにね、先輩たちに目をつけられて大変だったの。俗に言ういやがらせってやつね。それで、自分を塞ぎ込んでいたの。」

「そうなんだ。」

「今の君みたいな感じだよね。」

(うっ、何故それを...)

「今、何でわかったみたいなこと思ったでしょ。君のこと見てればわかるよ、中学校の頃の私と同じ顔してるもん。」

彼女は、僕と同じような経験をしていたからこそ、僕の考えていることを見破っていた。

「そうなんだ。僕も一年くらい前に、ある事件があって自分を塞ぎ込むようになったんだけど...。」

「話すのが辛いなら、無理して話さなくていいよ。」

「ありがとう。でも、君の昔の事聞いたくせに自分だけ話さないのは不公平だから話すよ。」

僕は一年前の辛い過去を、包み隠さず全て彼女に話した。

「そんなことがあったんだ。でも、それは君にも原因はあったと思うよ。」

「うん、自分でもそれはわかってる。だからこそ、もう誰も不幸にしないために自分を塞ぎ込むことにしたんだ。だから、君もこれ以上は僕に関わらない方がいいよ。」

「ぷっ、あははははは。」

「僕なんかおかしいこと言った?」

「いやいや、ごめんね。その考え方、昔の私にそっくりだなって思ったから。」

彼女はじっと僕の方を見て、なにかを決心したように手を合わせた。

そして突然、僕にこんなことを言ってきた。

「うん、やっぱり私、君のこと気に入った、私と付き合って。」

「ん?付き合って?えええええええ!?」

僕は突然のことすぎて、気持ちが全く追いつかなかった。

「お~い、如月君?聞いてる?」

「う、うん、聞いてるよ。」

「返事は?」

「え?それは遊びにとかじゃなくて、男女交際のことだよね?」

「うん、そうだよ。」

僕は一瞬女子の罰ゲームかと疑ったが、教室には僕と彼女しか残っていなかったので、その可能性は低かった。

「それで返事は?」

「本当に僕なんかで良いの?」

「うん、もちろん。君の良いところも、悪いところも全部受け入れるよ。」

彼女は微笑みながら、そう僕に言ってくれた。僕は少し悩んだが、彼女の優しさを無下にすることはできなかった。

「こんな僕で良ければ、よろしくお願いします。」

「良かった~。じゃあ、翔太って読んでいい?」

「う、うん...。」

彼女は嬉しそうに僕の名前を呼んでいた。

「あ、後、メールアドレス交換しよ。」

「うん。」

そうして僕は彼女とメールアドレスを交換した。

「それじゃあ、もう遅いし、私帰るね。またね、翔太。」

「う、うん。またね。」

そうして彼女は席を立ち、教室を出る直前でこっちを振り向き、こう言った。

「これでやっと優しい君に、恩返しが出来るよ。」

「え?それってどういう意味?」

彼女は、僕の質問をを答えることなく教室を出ていってしまった。僕は彼女の最後の言葉の意味を理解できないまま、帰路についた。

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